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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
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28 拉致

「表の人達って何も能力を持ってないんでしょ?」


 好奇心に満ちた瞳を輝かせながら、惣也は尋ねる。蓬子の方が聞きたい事はたくさんあるのだが、とりあえず先に相手をする。


「残念ながら私は持ってないね。でも変わった能力を持った人間なら、表にも少しはいるみたいだけど」


 今蓬子の隣にいる苑緒がそうだし、環などはもっと凄まじい。


 もっとも他には知らないのだから、基本的には表の人間はそういう能力を持ってないと言った方が正しいかもしれない。


「そっか。ぼくらは持っているのが当然だから、むしろ何も持ってない方が珍しく感じるよ」


「そういうものか」


 裏の者にとってはそうだろうが、蓬子がそう思うのは不可能だろう。苑緒の事を気味が悪いなどと思った事はないが、ここまで現実離れしていると、異能というものにどんな感想を持てばいいのか分

からなくなっている。


 少なくとも、従来の蓬子の価値観は今、酷く揺さぶられていた。


「面白いなあ。ちょっとお姉ちゃんの事、欲しくなってきた」


 先程と変わらぬ無邪気な様子で、惣也は言った。


「え?」


 そして肩に提げていた鞄から金魚鉢を取り出す。


「僕の能力って、何だか分かる?」


 じっと蓬子を見つめる瞳は、人が人を見つめるそれではない気がした。もっと隔たりのある、人間が愛玩動物でも眺めるようなそれだ。


「蓬子、離れよう」


 不穏な気配を感じたのか、先程まで黙って惣也を観察していた苑緒が蓬子の手を引っ張った。二人は惣也に背を向けてこの場から去ろうとする。


 しかし惣也はさっと二人の前に回り込んだ。


「何で逃げるのさ」


 少し、恐怖を感じた。


「私達の事は放っておいてくれないかしら」


 苑緒がなおも惣也の脇を通り抜けようとする。


 しかし惣也は蓬子の服の裾を掴んだ。


「おい少年、いい加減にしないと――」


「――三条蓬子!」


「な、なんだよ」


 名前を呼ばれて思わず返事をした、その瞬間だった。


 世界が巨大化した――様に蓬子には見えた。


 露店の屋台が、ビルヂングが、惣也が、苑緒が、少しずつ大きくなっていく。


「な――」


 違う。世界が大きくなっているのではない。蓬子が小さくなっているのだ。

 蓬子の収縮は止まらない。ついには、掌くらいの大きさになってしまった。


 巨大な惣也と苑緒が蓬子を見下している。まるで、鼠になったかのようだ。


「じゃあこの人は貰っていくね」


 惣也はそう言うと、蓬子をひょいと掴み、金魚鉢の中に入れた。

 抵抗する事も出来ず、蓬子は金魚鉢の中で尻餅をつく。


「な、何やってるのよ!」


 あまりの事に唖然としていた苑緒が、ようやく気を取り戻して叫ぶ。


「ぼくのペットにするんだよ。表の人間って珍しいから」


 まるで我が儘な子供そのものの調子で惣也は言う。


「ここから出せ! 私を元に戻せ!」


 蓬子は必死で金魚鉢を叩くが、硝子の壁はびくともしない。


「蓬子を元に戻しなさい!」


「やだね。これはぼくのだから、お姉ちゃんにはあげない」


 惣也はそう言うのと同時に、鞄から今度は透明な球体の様な物を取り出した。見た目は何だか水の様に見える。しかし、液体である水が何の器にも入れられずに球体を保つなど不可能だ。


 そして水の球は次第に膨らんでいき、ついには苑緒の身長程の大きさまでになった。


「何、これ――」


「水の式だよ。式神も表にはないのかな?」


 身の危険を覚えたらしい苑緒が次第に後ずさる。しかし完全に逃げ出そうともしない。恐れながらも、まだ惣也と向き合っている。呆然としていた蓬子には、苑緒がそうする理由がすぐには分からなかった。しかし、時折金魚鉢を見やる苑緒と目が合ってようやく気付く。


 苑緒は自分を気にしているのだ。


「馬鹿か! 早く逃げろ!」


 蓬子が叫ぶと同時に、水の球が苑緒を包み込んだ。


「大丈夫、ただの足止めだから溺れるなんて事はないよ」


 苑緒は球の中で必死にもがいているが、まるで破れる様子はない。


「じゃあ、行こうか」


 惣也はそう呟くと、蓬子が入った金魚鉢を片手に、悠々とその場を後にした。

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