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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
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21 異界

「おい、苑緒。起きなよ」


 強く揺さぶられて、苑緒は目を開いた。途端に蓬子の顔が目に入る。


 どうして寝起きに蓬子がいるのだろう。何だか記憶が混濁している。


 そうだ、確か幽霊の正体を調べるために夜の音楽室に忍び込んだのだ。そこには瀬川環がいて――


 記憶が繋がった瞬間、濁っていた意識が一気に鮮明になった。


「先輩は? 私達はどうなったの?」


「ん、目が覚めたみたいだね。よかった。でも残念ながら、その質問に対する答えを私は持ってない」


 苑緒は起き上がって、周囲を見渡した。


 環に襲われて意識を失ってから、どれだけの時間が経過したのかは分からないが、まだ夜だ。星明かりとガス灯の光が煉瓦造りの街並みを照らしている。


 何故だか遠い空だけが夕焼けの様に赤い。地球の果てにはオーロラというものがあるらしいが、そういうものとは明らかに性質が違う。黄昏時に近い色だ。自身の真上の空は明らかに黄昏時のそれではないので、遠い空の赤色は奇異に映る。


 あまり遠くばかり見ても仕方ないか、と思い苑緒は改めて身の回りを見渡す。煉瓦造りの建物という事で、苑緒は銀座を連想したが、どうも違う感じがする。どうにも人の気配がない。何となく、廃墟の様な気さえする。


 ここが銀座であるならば、例え夜中であっても、もう少し人の気配がしてもよさそうなものである。


 ――銀座じゃ、ない?


 だったら、ここはどこだろう?

 帝都であって、帝都でない様な、そんな特異な空間。


「確認しておきたいのだけど――」


「どうぞ」


「私達は夜の音楽室に行って、環先輩に会った。そうしたら、得体の知れない影に襲われて、気を失った。気がついたらここにいる――あってるかしら?」


「私の記憶と相違ないよ」


 蓬子がガス灯の明かりを見上げながら答える。


「ここがどこだか分かる?」


「いいや、全然。銀座じゃない気がするけど」


 それは苑緒も思った事である。


「なあ、環先輩って何者なんだ? 魔術師か何かか?」


「さあ――」


 何とも答えようが無い。苑緒だって訳が分からない。


「でも、言ってたよね。『因果の一部を視る能力』だったか。それで幽霊騒ぎを起こせば苑緒が音楽室にのこのこやって来るのが分かってたからやったって」


「のこのことは言ってなかったと思うけど」


「同じ様なものだろ。私達は嵌められた。それだけは確かだ」


 蓬子が息を巻いて言う。


「因果を視る能力、ねえ」


 何だか不思議な気分だ。

 苑緒は今まで、不思議な能力を持った人間を自分以外に知らなかった。


 問答無用で嘘を見抜ける苑緒は明らかに異端であり、それによって家庭は崩壊した。だから苑緒は他人に深く関わる事をしなくなった。


 なのに、自分以上に異端な能力を持つ人物が、いたのだ。


 喜ぶべきなのかどうかも分からない。何せ、その人物に襲われたばかりなのだ。


 それでも、環を憎む気にはなれなかった。


 すぐにそんな事、言っていられなくなるのかもしれないけれど。


「まあそれが本当なら、嘘を見抜くとかいう能力よりは強そうだね」


「余計な事を言わなくてよろしい」


 苑緒が溜め息を吐く。蓬子といるとこんな状況でも、緊張感に欠けるらしい。いや、今はその方が有り難いのかもしれない。いくら真剣になったって、こんなわけの分からない状態では、あるのはせいぜい困惑と混乱。後ろ向きな思考しか生まれてこないだろう。


 もしかしたら蓬子はそれを分かった上で、意識的に明るく振る舞っているのかもしれない。


「私も何か能力に目覚めないものかな。空を飛べる様になる、とか」


 ただの考えすぎかもしれない。


「でも、ここはそんなに嫌な感じじゃ、ない」


 人気の無い昏い通り。秋の夜で、しかも苑緒達は制服だけで防寒着を着ていないのにも関わらず、あまり寒さは感じなかった。というより、暑くも寒くも無い。温度というものが感じられないのだ。

 まるで現世にいない様な、そんな気さえする。そして苑緒はその感覚に、どこか懐かしさを覚えていた。


「本当かい? 私はただ不気味なだけなのだけど」


 蓬子が辺りをぐるりと見渡して眉を顰める。


「君の感性が変わっているのは今に始まった事では無いけどさ。ちょっと理解しかねるな。悪いけど」


「いいよ別に」


 きっと、それが普通の感覚だろう。苑緒の方がどうかしているのだ。


「まあ、とりあえずここにいても仕方ないよね。とりあえず、歩こうか」


「そうね」


 歩いてみれば知っている場所に行き着くかもしれないし、人に道を請えるかもしれない。


「ねえ苑緒。君、さっき夢見てた?」


 歩きながら、蓬子が言った。


「さっき?」


「ここに来てすぐ、私に起こされるまでの間に」


 どうだっただろう。そう言われれば何か夢を見ていた様な気がする。しかし上手く思い出せない。夢なんて、所詮そんな物だ。


「それがどうかしたの?」


「随分、魘されていたからさ」


 蓬子は少し罰が悪そうに頭をかいた。


「それだけ?」


「それだけ――だよ」


 蓬子は嘘を吐いた。


 それだけ、ではない。蓬子が苑緒に尋ねたのは他に理由があるらしい。苑緒にはそれが有無を言わさずに分かる。


 しかし苑緒はそれ以上何も問わず、黙って歩みを進めた。


「追求しないのかい?」


「追求? 何故?」


「だって君は今、私が嘘を吐いた事に気がついたはずだ。私は真実を隠している。なのにどうして、君はその事を指摘しないのかなって」


「それは――」


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