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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
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18 音楽の魔法

「深雪さんにとっての世界を変える力というのは、音楽という事になりますね。神津直氏に見出される事によって彼女の世界は変わった――その辺りの顛末はご存知でしょうか?」


「そう、ですね。神津深雪という人間は、はっきり言って、大して天才だった訳ではないのですよ。幼い頃から音楽の勉強はしていましたが、決して覚えがいい方ではなかったそうです」


「そうなのですか?」


 明神が意外そうな声を上げる。


「僕はてっきり、そういった芸術的な才能がある人というのは、幼い頃から特別な何かを感じさせるものがあるとばかり思っていました。大器晩成、という言葉を疑うわけではないですけど、あまり早い段階で壁にぶつかるようでは、その道で名を上げるのは難しいのかなと」


 花房も大筋は同意である。こういった天才というのは、幼い頃はいわゆる神童などと呼ばれている。


 それでも二十歳過ぎればただの人――になるのがほとんどで、そこからさらに上へと登り詰められるのは神童達の中でもほんの一部に過ぎないのだろう。


 実際のところ花房も明神も、天才を指導した事なぞないのだから、はっきりとした事を言えるほどの見識があるわけでもない。


 どちらも漠然とした印象である。


「確かに、あまりに早いところでつまずくと、まずやる気を保つのが難しいのでしょうからね。やはり壁に当たるなら、出来る限り高みであった方が望ましいのでしょう」


「なるほど」


 花房は深く頷く――が、才能の話そのものにさして興味があるわけではない。


 今浮かんでいる気になる事や疑問点は置いておいて、花房はとりあえず話を聞いてみる方針を決めたのだ。

 問題となるのは奥山雲雀そのものだ。


「深雪お嬢様については、多少のつまずきがあっても諦める事なく鍛錬を続ける事が出来たのは大きいかと思います。――元々音楽がとても好きだったのもありますけど、旦那様の夢を自分が叶えたいと強く思っていたそうです」


「神津氏の夢、ですか」


「神津直氏もかつては音楽家として一流と呼ばれる存在を目指していたのですよ。結果的にはそれは叶いませんでした。巡り合わせが悪かったのか、単に才能が無かっただけなのか、ともあれ旦那様が音楽の世界で評価される事はありませんでした。自分の才能に見切りをつけた旦那様は、娘にヴァイオリンを仕込みました。自分の代わりにヴァイオリニストとして大成して欲しいという願いを込めて。お嬢様もまた、それに応えようとしていました」


「なるほど」


 そういう下地があるなら、深雪は普通の子供よりは伸びやすい環境にはあったといえる。当初は覚えが悪かったというのは気になる所だが。


「それでお嬢様は地道に努力を重ねて、実力をつけていっていました。そしてある日、力を手に入れたんです」


「力?」


「音楽の魔法です」


 悪戯な声音はどこか主人の深雪のものに似ていた。ほんのつい先程まで日が高かったのだがいつの間にか、帝都は夕闇に染まっている。


 それにしても、魔法――とは。宮元も確か同じ事を言っていたが。


「神津深雪の音楽を聴いた人はどんな感想を浮かべると思いますか?」


「私は直接聞いた事がないので分かりませんが、宮元氏はまるで魔法のようだ、と言っていましたね」


 思えばよく分からない感想である。


 何がよかったとか、どこが優れているとかいうのではなく、あえて魔法と表現するのは何か理由があるのだろうか。


 それこそホールで直接聞いてみなければ分からない事なのかもしれないが。


「神津深雪の演奏は、人の感情を動かすのです」


「名演を聞いて感動するという事ですか?」


 雲雀は首を横に振る。


「もっと直接的に、感情を動かすのです。勇ましい曲で観客を奮い立たせ、悲劇的な曲で涙に暮れさせ、優しい曲で心を癒やす。どれも音楽そのものにある力ではありますが、お嬢様のそれはもっと極端です。これはどちらかというと、音楽家というよりは――」


 雲雀が明神の顔を見た。


「明神さんの陰陽道に近い、能力と言った方がいいかもしれませんね。使い方によっては、人を傷つける事すら可能です」


「それは尋常じゃないですね」


「もっとも、普段の演奏ではそこまで感情を揺さぶらない様に抑えているそうです。全開でやったら、少し怖いですね」


 天才ヴァイオリニストの演奏に、そんな秘密があったとは。


 音楽を通した異能の発露。明神といい影の使役者といい、何だか事件がびっくり人間のショーの様相を呈してきた。


 ――俺は普通の人間だぞ。


 乗りかかった船から降りるつもりはないが、愚痴りたくはなる。


「それで――」


「ああ、着きましたよ。ここです」

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