16 痕跡
『式神』
こういうオカルティックな技術はおそらく文の教えなのだろうが、専門外の花房にはどうしても胡散臭く見える。
しかし、深雪の方は非常に興味深そうで、食い入る様に明神の手元を見つめている。
「これで何かが分かるのですか?」
「一応、これは式神といって、陰陽師なんかが使う術式なのですよ。今回は相手が使った式の痕跡を探す為の式を打ちました。本来は丑の刻参りみたいな呪詛に掛けられた人に対して、その下手人を見つけ出すために使うものらしいのですけどね」
「明神さんは陰陽師なのですか!」
深雪は瞳を輝かせる。明神の手を取らんばかりの勢いだ。
明神は苦笑してかぶりを振る。
「偶々、僕の下宿先の店の店長が陰陽師の末裔みたいなものでして、彼女に簡単な式の打ち方を教わっただけですよ。こんなもの今の時代に何の役に立つものかと思っていたのですが、ここで役に立てれば幸い、ですね」
全くである。初めて遠野文が店に書生を持ったと聞いた時は、花房も少々訝しんだ物だが今の明神の様子を見て何となく得心がいった。
明神は式を打つのは簡単な事であるかの様に言っているが、誰でも出来る事では無いのは間違いないだろう。時代と共に失われていく陰陽式の技術を少しでも誰かに伝えたい、と考えたのかもしれない。
相変わらず、酔狂なことだ。
「それで、その有り難い札はどうやって使うんだ?」
「取りあえずさっきあの影がいた辺りで試してみましょうか」
明神の式神に一番興味を示して見たがったのは深雪であったが、今彼女を外に出すのは論外である。何とかなだめて花房と明神と雲雀の三人だけで庭先に出てきた。
先程影がいた辺りの位置で明神が手前にひょいと投げると、青白く光る円陣が札の周囲に現れた。そして輝く粒子の様な物が宙に現れたが、それは直ぐに消えた。
「うーん」
明神は難しい顔をして首を捻っている。花房には何が何やらさっぱり分からないが、明神の顔を見る限り、どうやら首尾はよろしくないらしい。
「何だ、失敗か?」
「どうも残滓が少ないみたいです。痕跡を追う事が出来ません。多分、あれがここに棒立ちするだけでまるで力を使ってなかったからだと思いますが――」
「ふうん」
役に立つのか立たないのか、はっきりして欲しいものだ。
「だったら力を使った所でそれをやれば上手くいくんだな?」
「ええ、おそらく。しかしそんな場所が――」
「あるだろ」
明神は少し戸惑っていた様だが、直ぐに気がついて合点がいった様に何度か頷いた。
「そうか、それは大いにありえますね」
「あの、どういう事でしょうか?」
一人取り残された雲雀がおずおずと尋ねた。
「宮元直氏はあの影に殺された可能性があります。私は陰陽だとか何とかは専門外ですが、人を一人殺したのだとしたら随分力を使ったのではないでしょうか? しかも明神の探知の式はそういう呪詛の施行者を調べるのに使うのだといいます。ならばその現場でもう一度その力を使えば何か分かるかもしれません」
「なるほど」
花房は懐中時計を取り出して現在の時刻を確認した。午後四時、やるなら日が暮れる前にやっておいた方がよさそうだ。
「では我々は早速調査に行ってきます」
「あ、待って下さい。うちから車を出しましょう。私が運転します」
「いいのですか?」
「はい、元々帰りはお送りする様にとお嬢様からもそう仰せつかっています」
実際には入れ替わっていたとはいえ、端から見る分には、絵に描いた様にお嬢様然とした容姿とおっとりした物腰の雲雀が、車を運転できる事が花房には少々意外だったが、有り難い申し出ではあったので受ける事にした。




