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帝都の歩き方  作者: 初瀬灯
第一部 帝都の歩き方
15/180

14 正体

 昼間と同様に制服に身を包み、ピアノにもたれ掛かる様にして佇んでいる。いつもの自信に満ちた微笑みが今は何だか不敵なものに見えた。


「先輩、ご機嫌麗しゅう」


 蓬子も笑顔で挨拶を返す、がどこか引きつった笑みになった。


「私の拙い演奏を聴かせてしまって何だか申し訳ないわ。私はついさっき素晴らしい演奏を聴いて来たのですけど、私の実力ではどうしようもなく見劣りしてしまうわね」


 環が鍵盤を叩く。ピアノの音が音楽室に響く。


「人の心に響く演奏って、素晴らしいと思わないかしら?」


 この状況でこの態度、とぼけているのだろうか。

 蓬子が苛立って言う。


「この茶番劇、どういう事だか説明して貰えるんですよね。何だってこんな幽霊騒ぎを起こしたんですか?」


「ええ、勿論構わないわ。――貴女達に理解が出来るかは、保証しないけどね」


 そう言って、環は苑緒達の方に一歩踏み出した。


「苑緒さんは人の嘘が分かるのだから、きっと昼間に私の話した事の真偽も分かっているわよね。今まで私は夜中にピアノを弾いたりなんかした事はなかった。それは本当。自分でやってもよかったのだけど、なかなか不自由な身だから、毎晩自由に夜更けに行動するなんて出来なくって、今までは代わりにやって貰っていたわ。今夜はきっと貴女達が来ると分かっていたから、私が来たの。ピアノを弾いている人間に心当たりはないと言ったのは勿論嘘。私が後輩にお願いして音楽室の幽霊をやって貰っていたのだから、当然知っているに決まっているわ」


 蓬子はちらりと苑緒を見やる。今の言葉の真偽を確かめたい。


「本当みたいよ」


 答える苑緒を環が興味深そうに見やる。


「他人の嘘が分かる能力――か。随分便利そうね」


「そうでも、ないですよ」


 一方の苑緒は言葉少なである。単純に口下手というのもあるかもしれないが、それ以上に環の態度に戸惑っている。


「この世の嘘が見える貴女には、この世界がどういう風に見えているのかしら? 誰も彼も嘘ばかり吐いているのではなくって? 見え見えなのに取り繕って誤魔化して、まるで裸の王様。下らなくって仕方が無いでしょう?」


 苑緒は、言葉が出ない。その問いに答えられないでいる。蓬子には、横目に見る苑緒が何だか迷子の子供の様に心細げに見えた。


「でもね」


 環が苑緒達に向かって一歩を踏み出す。


「私の世界は少しだけ、貴女のそれより広い」


 その時、環の足下から影が伸びてきた。環の影だけでは無いピアノや机の影が薄く広がり、苑緒を

取り囲んだ。蓬子の方は影に掴まれ部屋の端に投げ飛ばされる。


「っつ!」


 環の言動も、苑緒を取り囲んでいる影も、何もかもが蓬子の理解の範疇を超えていた。


「動かないでね。出来れば怪我はさせたくないから」


「先輩! どういう事なんだ!」


 蓬子がその場で叫ぶ。ぶつけた背中の痛みを感じる余裕も無い。


「人とは違った能力を持っているのは苑緒さんだけではないのよ。私はね、物事の因果の一部を視る事が出来るのよ」


「因果の、一部?」


「私には『あれがああなったら、こうなる』というのが分かる。どうしてこんな幽霊騒ぎを起こしたのかって聞いたわよね? 幽霊騒ぎそのものに意味はないわ。ただ、私には分かっていたの。幽霊騒ぎを起こせば、貴女とここでこうやって会えるって事がね」


 苑緒を取り囲んでいた影が徐々に狭まってくる。ついに、影が苑緒の身体にたどり着き、少しずつ登っている。


「いや――」


 苑緒はまるで抵抗する事も出来ない。身体を縛り付けられている様だ。苑緒はついに床に倒れ伏せた。同時に床に暗い穴が出来上がる。苑緒の身体がずぶずぶと、まるで底なし沼に落ち込む様に沈んでいく。


「苑緒!」


 まずい。何が何だか分からないが、とにかくまずいことだけは分かる。無我夢中で蓬子は立ち上がり、飛び込む様に苑緒の元に向かう。ぎりぎりの所で苑緒の手を握った。しかし沈んでいく苑緒はまるで止まらない。それどころか、蓬子まで一緒に沈んでいってしまっている。


「離して――このままじゃ蓬子まで――」


「お断り――だっ!」


 苑緒に巻き付いていた影が蓬子にまで伝ってきた。それでも蓬子は手を離さない。しかし、それが災いした。


「うわっ!」


 さらに強い力で苑緒は下に引っ張られた。手を握っている蓬子も巻き込まれて完全に穴に落ち込んだ。


「あらあら、蓬子さんまで。これも『彼女』の思し召しかしら? 続きはまた会った時にでも。――お二人とも、ご機嫌よう」


 沈む感覚が落下する感覚に変わる。


 どこかに落ちていく。深く、深く。


 そして蓬子の意識は暗転した。

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