11 先輩
放課後、蓬子と苑緒は大食堂に向かった。松子の口添えで、瀬川環とそこで待ち合わせをして話を聞く事になったのだ。
蓬子は傍らにいる苑緒をちらりと見やる。
いつも通りの無表情である。
付き合うに従い、苑緒は無口というより口下手、冷静というより感情を表に出すのが苦手なだけらしいというのが分かってきたのだが、愛想が無いのは確かである。
しかし案外、あっさりと協力してくれたものだ。苑緒は人付き合いを嫌がるしお節介もしたがらない。
他人事に首を突っ込むなどもっての外、という性格だと思っていた。だからもう少し渋るだろうと予想していたのだが。
「もし先輩の言う事が嘘だったらどうなる?」
話を整理するため、蓬子は言った。
待ち合わせ場所は大食堂の暖炉の前。環の姿はまだ見えない。
「夜中に学校に忍び込んで、ピアノを弾いているのは先輩という事になるわね。松子さんにとっては残念な結果だけど」
「それはそれで深い事情がありそうな感じはするね。日中部活で散々弾いてるのになんでわざわざというのはさておき」
「自宅にもピアノはあるでしょうしね」
「先輩が本当の事を言っている場合は?」
「何らかの事情で合い鍵を手に入れた誰かが夜中にこっそり悲しげなノクターンを奏でている、と。いや、ソナタだっけ」
「どっちでもいい」
蓬子はまだどちらだろうとも決めつけてはいない。
さっき話したとおり環が夜中にピアノを弾く理由がまるで思いつかないので、多分別の犯人がいるのだろうと思ってはいるのだが、そもそもこの幽霊騒動についてあまり関心が無かった。
蓬子の気を引いたのは、夜鳴るピアノでも瀬川環の疑惑でも無い。勿論、結果的に人助けになれば結構な事だとは思うが。
――苑緒が能力を活用する所を見てみたい。
それだけだ。
他の事は極端に言えば、ただの口実に過ぎなかった。
十分程待った所で瀬川環がやって来た。銀縁眼鏡に理知的な瞳、背は苑緒と蓬子よりも少々低いが、堂々とした立ち居振る舞いは彼女を実際の背丈よりも少しだけ大きく見せている。
「苑緒さんお久しぶりですね」
「こちらこそ」
苑緒が返す。そういえば、苑緒と環は顔見知りだと言っていたか。
「ごめんなさいね。松子さんが無理を頼んだようで」
環が申し訳なさそうに言った。
改めて環から話を聞く。おおよそは松子の話していた内容と同じだった。
とりあえず、重要な事の白黒はつけておく事にする。
「ピアノは環さんが必ず鍵を掛けて帰っているのですよね?」
環が頷いて、鞄の中から鍵を取り出す。銀色の綺麗な鍵だ。
「一部で環さんが夜中に学校に行って弾いているのでは、という噂があるみたいですけど、そんな事はしていないのですよね?」
「私じゃないわ。夜中に学校に行った事なんてないもの」
環は溜息交じりに答えた。
「どうだい?」
「本当みたいよ」
「なるほど」
そのやり取りを眺めていた環が不思議そうに言った。
「まるで苑緒さんは、私の言ってることが嘘か本当か分かるみたいね?」




