勝負はあっけないものです
「きゃー!スーリアちゃんは凄いですぅ!」
突如として魔物へと形を変えた水の球体に、会場に集まっていた冒険者達はザワザワと騒ぎ出す。
そして俺の横では、メロー先生が興奮したようにぴょんぴょんと跳ねながら戦いの様子を見ていた。
「あれはワイルドベアですね」
「ワイルドベアって…俺達が出会った?」
「えぇそれです。どうやらスーリアさんはワイルドベアをイメージしてあれを作り出したようです」
改めてスーリアの作り出した熊を見てみる。
彼女を守るように前に出たその小山のような体。大きな前脚や鋭い牙は、俺たちが見た魔物そのものだ。
「…でも俺達が出会ったやつよりも遥かに可愛いな」
実に精巧に形作られたそれはワイルドベアそのもの……とは細部が違う。
水で作られているせいか、赤く爛々と輝いていた眼は澄んだ青色に。
目元はどことなく丸く、透ける体は魔力なのかはたまた水の揺れによってなのか、時折不思議な模様が浮き出て揺れる。
牙や爪も鋭いと言えば鋭いのだが、命を刈り取るようなものではない。
落ち着いてよく見れば何処か愛嬌のある可愛い熊さんだ。
「ちょ、ちょっと!そんなもの出せるなんて聞いてないわよ!?」
しかし、そんな熊さんでも怖いものは怖いらしく、ヌイとかいう魔女っ子はギャーギャーと熊さんが動く度に涙目で逃げ回っている。
「これだから下手なものを弟子なんかに出来ないんですよね…」
「魔物に背を向けるからですか?」
それなら俺も、ワイルドベアから逃げる為にやっちゃったけど。
だがミューロ先生は暗黒微笑を浮かべると、フルフルと首を振る。
「それはいいのです。引き際を見誤るのは死に直結しますから」
「えっと…じゃあ何故?」
ニコニコ笑うミューロ先生の威圧に怖気付きつつ問うと、目の前に柔らかなピンクゴールドが広がる。
「大きな声じゃ言えないんですけどぉ〜、私達からしたらみぃんな冒険者失格みたいなものなんですぅ」
驚いていると、メロー先生の声が耳元で聞こえる。
穏やかな声と花のような甘い香りとは反対に、その口から出た言葉は失望の一言だった。
「言葉遣い、態度、判断力、そして服装から戦い方まで…質が悪い」
「戦うのに大きな帽子やスカート、それに防具も着けないなんてありえないですぅ」
「あー…なるほど……」
納得しながら視線をスーリア達の方へと戻すと、未だに熊ちゃんが動く度に逃げ回っている魔女っ子は、ふわふわのスカートに時折足をとられて転びかけている。
なんなら帽子は落としているし、あの長ったらしい詠唱をする余裕もないらしい。
…ん?詠唱?
「そういえばスーリアが詠唱してるの見たことないかも」
まあ俺も詠唱なんてしていないんですけど。
なんて言ったらいいか分からないし、なんとなく厨二感溢れて恥ずかしいからと基本技名と感覚でしか使っていない。
でもさっき魔女っ子は詠唱していたし、周りもそれに見惚れていたから、もしかしたらこの異世界では詠唱をするのが普通だったりするのかもしれない。
そう思っていると、メロー先生は手の平に小さな水の球体を作りながら微笑む。
「戦場では無詠唱が基本ですよぉ〜?じゃなくちゃその間にぷちっ…ですからぁ」
「へ、へぇー…ぷちっですか……」
「前衛も、実力がなければ防具無しでは即死があり得ますからね」
こっわー…異世界怖すぎ。
俺こんな世界に生まれていたんですねー……もう死にたいですはい。
怖すぎて恐怖を感じる前にスパッと消えたいです。
恐怖する俺をよそに、ミューロ先生とメロー先生は観戦しながら会話を続ける。
「大体今回だって、あの子達がいなければお兄様が怪我することなんてなかったんですぅ!」
「それを言うなら他の術師が使えたら、メローが後始末することなんてなかったでしょう」
あーやっぱりミューロ先生が怪我したのは他の人達…というか彼等のせいでしたかー!
メロー先生が残って復興支援してたのも他の人のせいかーー!
というか先生達凄いですね!?他の冒険者は結構な怪我とかしていたのに、ミューロ先生の負傷だけでスタンピード乗り切ったんですね!?!
「ヤダヤダヤダ!やめてってばー!!!」
「ヤダ?やめて?はぁ……貴女達が始めたんですよねこの勝負」
「はぁ!?それとこれとは話が別でしょ?!」
「別ではないと思うのですが…」
「うっさいわね!大体こんなの出すなんて卑怯じゃない!!絶対ギルドマスターに言いつけてやるんだからっ!!!」
「どうぞ勝手になさってください。私達が言い掛かりをつけられたというのは、貴女が憧れていると言うミューロ先生方がちゃんと知っていますから」
おおう…常にふわふわと可愛い微笑みを見せてくれるスーリアが顔を顰めている…。
あの魔女っ子なかなかやるな。俺だって心配はされどあんなに怒らせたことないぞ。
それでも魔女っ子はキャンキャンと不満を漏らしながら、時折振り返っては「ハウンズ先生の名前を出すなんて!」と噛みついている。
それにスーリアは、魔女っ子を追う熊ちゃんに指示を出しながら深いため息を吐いた。
「先にギルドマスターという権力を出してきたのはそっちなのに……」
呆れてるー!
俺も確かにそう思っていたけど、スーリアが完全に呆れてるー!!
なんか凄く珍しいものを見た気がするから、喧嘩を売られても良いことがあった気がする。
……いや別に良いことでもないな?うん。
「ちなみにここのギルドマスターは私達と友達なのでぇ…言いつけられてもなーにも問題ないですよぉ」
「なんなら大体の事ははじめに説明していますから、言い掛かりなんて無意味なんですけどね」
こっっっっっわ。
ニコニコと権力よりも強い繋がりを出してきたよ…!
なんか俺達が負けても普通に丸め込んでそうだよなこの人達。
敵じゃなくてよかったですマジで。
「いぎゃあぁぁ!!!殺されるぅっ!!!」
「殺しませんよ模擬戦なんですから」
叫び声が聞こえてスーリア達の方を見れば、熊ちゃんに馬乗りにされた魔女っ子の姿が目に入る。
結局あのまま追いかけっこをしていて捕まったらしい。
「で、降参してくれますか?」
「するするするぅー!!だから…」
「離しませんよ?」
「……へ?」
スーリアがしゃがんで、熊ちゃんの前脚に押さえられたままの魔女っ子に近付く。
「アリオさんを馬鹿にしていた事、謝ってくれると誓うまでずーっとそのままですから」
何かを言われた魔女っ子は、「ヒッ」と悲鳴のような声を出すと、すぐにスーリアに対して許しを乞うていた。
スーリア、一体何を言ったんだろうか…
全くもって聞こえなかったが、あれだけ怯えさせるなんて中々やるなスーリア。
俺も頑張らないといけないな。
そう心の中で思っていると、スーリアの勝ちを告げる鐘の音が鳴り響いた。
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