イメージの強さは人それぞれです
向かい合った少女二人は互いに無言だった。
だがその静寂を破ったのはヌイという、大きな帽子にフリルのついたスカートを履いた、いかにもという魔法使いの少女の方だった。
ヌイはウェーブのかかった赤毛を払いながら、目の前の灰色の髪の少女を嘲笑するように鼻を鳴らす。
「あんな大声あげちゃって、アンタの仲間って恥ずかしい奴ね」
それは先程スーリアに向けられた声援を小馬鹿にしたもの。
「アタシだったらあんなの嫌だわー」と、クスクスと笑うヌイに対してスーリアは何も応えない。
ただその目には、可哀想なものを見るような哀れみだけが浮かべられている。
「世間知らなそうなお坊ちゃんって感じだし、顔はまあまあだけどいかにも貧弱よね。ま、アタシが勝って、あの弱っちそうなヤツと一緒に追い出してあげるから覚悟しなさい?」
自信満々に無い胸をそるヌイに、スーリアはとうとう溜め息をこぼす。
見た目でしか判断出来ない目の前の魔法使いに、目の見えない彼女は心底呆れ、同情した。
それと同時に、この場にいないもう一人の仲間と話した事を思い出す。
ユキトを連れてカヌゥを離れたあの日。
意識を失ったアリオを休ませながら火の番をしていた時、スーリアとユキトは互いの身の上話をしつつ、アリオについて話していた。
「正直驚きました…まさか二人が助けに来てくれるなんて思ってもいなかったので」
「アリオさんが話を聞いてすぐに助けに行こうって言ったんです。作戦もタイミングも、全部アリオさんのおかげです」
「あんな大勢の人を相手しようと思うなんて、彼は凄い人ですね……」
「アリオさんは優しい人なんです」
アリオと共に熊型の魔物を相手した時のことを話すと、ユキトはまた感嘆し同時に憂う。
「という事は、彼が自分のことを非戦闘員だと言っていたのは…」
「魔力を使ったり、怪我を負うと今みたいに長い時間起き上がれなくなってしまうんです」
「そんなリスクを負いながらも、彼はスーリアさんのことも…今回は俺のことも助けてくれたんですね」
「強い人だ」と溢したユキトに、スーリアは頷いた。
あの日、あの時、魔物と対峙したとき、スーリアは死を覚悟した。
見えないのに視えてしまう自分の目に映るのは禍々しい何か。
そんな何かを前に、自分は動くことが出来なかった。
普通だったら置いていかれるようなそんな状況。それでも隣にいたアリオは違った。
真っ先にスーリアの手を掴み、川に落ちた時だって庇ってくれた。
アリオだって手が震えるくらいに恐怖心を抱いていたというのにだ。
「それじゃ、ちゃっちゃと始めましょ?長引く試合でもないんだから」
「えぇ、そうですね」
この場にいない仲間と、自分のことを信じてくれているアリオのことを胸に、スーリアは余計なものを視ないように目を瞑る。
それは彼女自身の中でイメージを構築する為に必要な集中だった。
アリオに言われたこと、そしてつい先程メローから教えてもらったことを思い出しながら形作る。
自分の得意属性は水。一番物体を安定させやすいのは土属性だが、それでもリアリティを求めるならば技術が必要になる。
その分水は不安定だが形は作りやすい。
そんな水で相手が恐るような物を形作ることが出来ればいいのではないだろうかと考えたスーリアは、恐怖心を煽るものを想像する。
対面では、短い杖を構えた赤毛の少女が詠唱を始めている。
それはメローやミューロからすれば無駄極まりないものだったのだが、魔法を上手く扱えない一部の冒険者達は感嘆の声を漏らし、それが聞こえたのかヌイは自慢げだ。
「——水よ、全てを射抜く力を我が手に!ウォーターバレット!!」
長い詠唱を終え放たれた鋭利な水の刃は、複数が連なってスーリアに向かっていく。
目を閉じたまま一歩も動かないスーリア。
勝負を諦めたのかと思ったものもいたが、ヌイの放った水の刃はスーリアに当たる事はない。
それもその筈。ヌイのものよりも遥かに純度の高い魔力を持つ水の球体が、その刃を吸収したからだ。
「っ…遥かなる水よ——」
防がれるとは思わなかったのか、僅かに動揺した面持ちのヌイは、すぐさま次の詠唱を始める。
しかしその詠唱は驚愕によって途中で止まることになる。
「な、なにあれ…!?」
先程刃を防いだ球体は静かに浮遊していたかと思うと、突如としてボコボコとまるで沸騰したかのように泡立ち、グネグネと不規則に動き出す。
(大丈夫。私は確かにあの恐ろしさを視たんだから)
ゆっくりゆっくり、集中してそのイメージを練り上げる。
姿こそ見なかったそれの、体の内から滲み出ていた魔力の形を元に、スーリアは水の形を構築していく。
「く…っ!母なる源——」
呆然としていたヌイだったが、なんとか我にかえって詠唱を始める。
だが、詠唱そのものを必要としていないスーリアのイメージはすでに完成したいた。
「ひっ!?」
不規則に動いていた水は足に、牙にと姿を変える。
悲鳴を上げたヌイの目の前には、半透明の熊の姿が現れる。
二人の少女の体よりも遥かに大きいその姿は、側で見ていたアリオには見覚えのある姿だった。
「あれは…ワイルドベア?」
あの日、あの時。
アリオ達を追いかけ、道連れにすることで倒した熊型の魔物。
低い唸り声を上げ、爛々と目を輝かせ、執拗に獲物を追いかける小山のような体。
そんなワイルドベアの姿があった。
「…お待たせしました。始めましょうか」
盲目の少女の反撃が始まった。
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