第六話 私が彼に恋をした日
しばらくして、ライザ様はお帰りになりました。
帝国魔道士のお師匠様の上司が来ると言っていたのに、長く引き留めるなんて申し訳ないことをしてしまいました。
私は泣き疲れたのと彼女と話して少し落ち着いたことで眠くなってきました。伯爵家のかかりつけ医が来るまで、しばらくうたた寝していてもいいでしょう。
溶けていく思考の中で考えます。
……ユージン様のためには離縁しなくてはいけません。
どんなに疎まれていたとしても、私は彼が好きなのです。彼に幸せになってほしいのです。
リリス様のことは私にはどうにもできませんが、不要な妻に気を遣う時間が無くなれば、その分彼女と会う時間も増えることでしょう。
離縁するにしても、ユージン様に罪を負わせたくはありません。
ライザ様の言った通り、私は彼に罪悪感を覚えていました。
私が彼に恋をしなければ結婚したいなどと言わなければ、彼は浮気なんて罪を……でも、リリス様には配偶者がいらっしゃるのですよね?
私がいなくてもユージン様は罪を犯していたということでしょうか。
いいえ、私がいなければリリス様はユージン様と結婚なさっていたのでしょう。
ああ、眠くてなにも考えられません。
眠りの淵へ落ちていきます。
せめて夢の中でなら、ユージン様は私を愛してくださるでしょうか。それとも、それを望む資格すらないほどに、私は疎まれているのでしょうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
初めてユージン様と会ったのは、私が五歳で彼が十歳の春でした。
伯爵領で暮らしていた彼が冬の終わりにお母様を喪われた直後のことです。
王都の伯爵邸に引き取られた彼は、うちの両親には気を遣って笑顔で接していましたが、ときおり悲しみに沈んだ素の表情を漏らしていました。
兄は今も昔も同じ性格で、良く言えば裏表がない、悪く言えば無神経な少年でした。
いえ、今日ライザ様にしていた対応を見ると、今はもう成長なさっているようですね。兄は最初ユージン様を歓迎していました。一緒に窓から飛び出したり廊下を走ったりする仲間ができたと思ったのでしょう。
けれどユージン様は本を読むことを好む温和な性格の持ち主だったので、あっという間に興味を失ってしまいました。
一番ユージン様を気に入ったのは私です。
体を動かすことの好きな兄には五歳も下の妹なんて足手纏いでしかありません。
伯爵である父も伯爵夫人の母も公務や社交に忙しく、幼い私の望むままに絵本を読んでくれるのはユージン様だけでした。いいえ、初めて出会ったときの儚げな笑顔を見た瞬間、私は彼に恋していたのです。
彼のことは会う前から父に聞いていました。
大切な父を命と引き換えにして助けてくれた方のご子息です。それに、つい最近お母様を亡くされているといいます。
自分の父母が亡くなったらと思うだけで、兄曰く「目玉が溶けそう」なほど泣いてしまった私は、ユージン様が可哀相でなりませんでした。今にして思えば傲慢に過ぎませんが、私が慰めてあげなくてはと思っていました。
だけど、やって来たユージン様は私に慰められるどころか、幼い私の我儘を聞いてくれる大人びた優しい少年でした。
私にできたのは、彼が沈んだ表情を漏らしたときに抱き締めることくらいでした。
自分が病気のとき母に抱き締められて不安が消えたので、私が抱き締めたらユージン様も元気になるのではないかと考えていたのです。
──急にどうしたんですか、マリオン様。
いきなり抱き着かれた彼がそう言って微笑むのは、世話になっている家の娘に対する気遣いに過ぎなかったのに、私は彼を救っている気持ちでいました。
そうして彼が微笑んでくれるごとに、好きだという思いは高まっていったのです。
今も疎まれているとわかってさえ、別れることを考えただけで心臓が砕け散りそうなほど愛しています。ですが愛しているからこそ彼を自由にしてあげなくてはいけません。……いけないのです。