第四話 私は実家に戻ってきました。
「どうしたんだ、マリオン」
王都の伯爵邸へ戻ると、騎士団に所属する兄のワルターが迎えてくれました。
今日はお休みだったのでしょう。父は王宮に登城して公務、母はお友達の家へお茶会に行っていて家にはいませんでした。
夫と暮らす新居ではなく実家に戻ったのは、仕事を終えて帰ってくる彼と顔を合わせるのが怖かったからです。
「王立公園で……」
ライザ様が兄に答えようとしたので、私は彼女の腕につかまっていた手に力を込めました。
彼女は、ここまで私を支えてきてくださいました。
夫とリリス様の会話を聞いた私は体の力が抜けてしまい、王立公園の人混みで押されて倒れたことで足を捻ってしまったのです。
ライザ様が乗ってきた公爵家の馬車で帰りながら、私達はいろいろな話をしました。
見つめる私に溜息をついて、ライザ様は言い直してくださいます。
「王立公園に向かう途中の人混みで、マリオンが人に酔って転んでしまったのですわ」
「そうでしたか。わざわざ愚妹を連れてきていただいてありがとうございます。冬が終わって温かくなったところでの上天気ですからね。今日は人が多かったことでしょう」
ライザ様にお礼を言いながら、兄が私を抱き上げてくださいます。兄は昔から体が大きくて力持ちです。
兄はメイドにライザ様のお茶を準備するよう命じました。伯爵家が、公爵令嬢をもてなさずに帰すわけにはいきません。
彼女に応接室のソファを勧めてから、兄が私に呼びかけます。
「大丈夫か、マリオン。……こっちに戻ってきたので良かったのか?」
「ユージン様にご迷惑をおかけするわけにはいきません。しばらくはこちらで療養させていただいてもよろしいでしょうか」
伯爵である父は現役ですが、将来的には兄が我が家の長となります。
「お前の家なんだから、いつでも帰ってくればいい。というか、普段もメイドとおしゃべりしたり料理人にお菓子を分けてもらいに来ているじゃないか」
「……はい。申し訳ございません」
兄の逞しい腕の中、私は項垂れました。
結婚しても足繁く実家に通っていたのでは、おままごとと言われても仕方がありません。
落ち込む私を見て、兄が顔色を変えます。
「おいおい、冗談だよ。さっきも言った通り、いつでも帰ってきていいんだぞ?」
「ありがとうございます」
夫と離縁してこの家に戻って来たいと言ったとしても、兄は受け入れてくれるのでしょうか。
いいえ、その前に、夫と離縁すると考えただけで心臓が潰れそうになる私が離縁することなどできるのでしょうか。
ああ、でも、私が妻でいても夫を苦しめるだけなのです。愛されていないどころか、疎まれて──盛りのついた雌猫のようだと蔑まれていた女なのですから。
「マリオン!」
「ご、ごめんなさい、お兄様」
夫の言葉を思い出して溢れた涙を見て、兄がうろたえ始めます。
ライザ様が兄に微笑みました。
「ワルター様、よろしければ私のお茶はマリオンの寝室に運んでいただけませんか? マリオンは優しいから、久しぶりに会った私の前で体調を崩してしまったことを気にしているのでしょう。少しおしゃべりしてからなら、落ち着いて休むと思いますわ。……もちろんマリオンの体調次第ですが」
「え、ええ! そうなんですの、お兄様。一年ぶりなのにこんなことになってしまったのが申し訳なくて……もう少しだけライザ様と過ごしたいのですわ」
「よろしいですか、ライザ様」
「はい。私もマリオンのことが心配ですし」
「わかりました。……マリオン、このままライザ様をお前の部屋にご案内してもいいんだな?」
私は頷きました。
嫁いだ後もこの家には私の部屋があります。毎日メイド達が掃除もしてくれているのです。……確かに、夫との生活はおままごとだったのかもしれません。
ライザ様を先導して、私を抱いた兄は寝室へと向かいました。