第十二話 私は帝国魔道士と王宮へ行きます。
私の言葉を聞いて吹き出した、帝国の黒の魔道士イグナス様がおっしゃいます。
「そうだ、パーティだ。この国のパーティでは悪人が罪を暴かれるものなのだろう? ちょうど一年前にもあったと聞いたぞ」
魔道学園の卒業パーティでの婚約破棄騒ぎのことでしょうか。
からかうような口調が気に障りました。
ここには当事者で被害者のライザ様がいらっしゃるのですよ。
「失礼ながらイグナス様」
「「マ、マリオン?」」
「ん? なんだ、言ってみろ」
ライザ様と兄が怯えたような声を上げます。
騎士団員の兄が直々に護衛を命じられているのですから、色を名乗る魔道士の方々は帝国でもかなり高い身分なのでしょう。
ふたりに迷惑をかけるのなら口を噤もうと思ったのですが、イグナス様ご自身は面白がっているような顔で私の言葉の続きを促しました。私は口を開きます。
「一年前に罪を暴かれた悪人などいません。冤罪を被せられかけた被害者がいるだけです」
本当の悪人、一方的に婚約を破棄してご令嬢達を罵った王太子ルドガー殿下とフェイリュア様、そしてその取り巻きの方々は、まだなんの罰も受けていません。
学生が卒業パーティで起こした恋愛騒ぎよりも、貴族は自領の大氾濫問題、平民は日々の生活のほうが大事なのです。
魔道士の調査でフェイリュア様が魅了も呪術も使っていなかったと見なされたことで、身分の違いを乗り越えた真実の愛だと憧れる人もいます。被害者のライザ様が帝国魔道士に弟子入りを許されるなどという活躍をしているのが気に食わず、冤罪だと証明されたことを事実だったかのように言い触らす人までいるようです。
実際は王家と貴族の間の信頼関係が揺らぐ大問題です。
ですが、だからこそ王家は王太子殿下やフェイリュア様達への処分を先延ばしにして、みんなが忘れていくのを願っているのかもしれません。
ライザ様が帝国へ行かれたら、なに食わぬ顔で王太子殿下とフェイリュア様の婚約を発表するつもりでしょうか。下町の芝居小屋ではあの婚約破棄の一件を題目にしたお芝居が上演されているとも聞きます。王家が関与しているかどうかは知りません。
「おう、そうだったな。アンソニーの弟子に悪いことを言った。……すまん」
ライザ様に謝った後で、イグナス様はなぜか自分の胸を拳で叩いて私に微笑みました。
「面白い女だな、貴様は。春の花のように優しく人を愛するかと思えば、友の名誉のためには夏の嵐のように激しい雷を落とす。……気に入ったぞ」
「は、はい、光栄です?」
私がどんな風に人を愛するかなんて、どうしてこの方が知っているのでしょう。
ライザ様が話したとは思えません。……兄でしょうか。初対面の方との沈黙に耐えられなくなって、ユージン様に恋していた私のことを面白おかしく話したのかもしれません。
見つめると、兄は青い顔をして首を横に振りました。まあ、懲りない性格の兄でもそんなことはなさいませんよね。
「とにかく行くぞ、マリオン。貴様の夫は伯爵が迎えに行っている」
「ユージン様も王宮へ?」
「そうだ。ウーレンベック商会の女狐も亭主に連れられて王宮へ来る」
どういうことでしょう?
イグナス様は、威風堂々とした佇まいでおっしゃいます。
「アンソニーの弟子以外の令嬢達は、新しい縁談を受け入れたり実家で領地運営に関わったりしていて王宮には来られないが、彼女らの代わりに俺が悪人どもを断罪してやる」
「……夫とリリス様は一年前の婚約破棄には関係していないと思うのですが」
厳密に言えば、私も直接は関係していません。
でも一年前の婚約破棄の件で関係者が集まるのなら、ライザ様を守り支えるために同行するつもりです。
帝国魔道士、それも色を名乗ることを許された方に弟子入りしているライザ様には私の支えなど必要はないかもしれませんけれど、親友として側にいたいのです。恋心が消えているので、ユージン様とリリス様に会うのも怖くありませんしね。
私と兄、ライザ様とおふたりの帝国魔道士は、王家の紋章付きの馬車で王宮へ向かいました。
ライザ様のお師匠様、赤の魔道士のアンソニー様を招いたのは公爵家ですが、黒の魔道士イグナス様は王家に招聘されたのかもしれません。
辺境にある王領に大氾濫の前兆でもあるのでしょうか。




