第十一話 私の家に帝国魔道士が訪れました。
懐かしくなって教科書を読んでいると、兄が現れました。
個人の寝室ではないので好きに入って来てもらって良いのですが、騎士団のお仕事はどうしたのでしょう。
騎士団の制服を纏ったままなので昼食に戻ったのでしょうか。……外食したほうがお芝居のような恋に落ちる可能性は高いと思います。
「お帰りなさいませ、お兄様」
「いや、仕事の途中だ。帝国魔道士の方々を護衛している」
兄は家ではあまり見た覚えのない真面目な顔で言いました。
職場ではそんな顔をなさっているのですね。
この国と帝国は友好関係にありますが、それでも国と国の関係ですからいろいろあるのでしょう。今問題がなくても、将来の問題に備えておくのは大切なことです。
「ライザ様もいらっしゃっている。皆様お前に用があるそうだ。応接室に来い」
「え……?」
ライザ様は今日、王宮へ登城なさる予定のはずです。
どうして我が家へいらっしゃったのでしょう。
もしかして……これからすぐに帝国へ旅立つのでしょうか? 最後のお別れに? 二度と会えなくなるわけではないと思いますが、それでも胸が痛みます。私は兄と共に応接室へと急ぎました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
伯爵邸の応接室へ入ると、ソファに座っていた男性が立ち上がって私を見ました。
「……ああ、貴様だ」
不躾に見つめた後で、彼はその鈍い金色の瞳を細めました。
通常の白い帝国軍服とは違う黒い軍服を着ています。髪も軍服と同じ漆黒です。
帝国魔道士は王国とは比べ物にならないほどの魔道技術を持つと言われていますが、その中でも軍属の帝国魔道士は桁違いの力を持つと噂されています。帝国軍は数百年に渡って魔獣の大氾濫に立ち向かってきたのですから、それは当然のことでしょう。
「俺はイグナス、帝国の黒の魔道士だ」
「伯爵家の娘、マリオンです」
私はドレスの裾を摘まんでお辞儀をしました。
王国では優秀な魔道士を大魔導士と呼びますが、帝国では特に選ばれた六人が魔力属性に対応した色を名乗ることを許されるのだと聞きます。
六人の長は時代ごとに変化し、今の長は『黒』だといいます。
おそらくこの方がライザ様のお師匠様の上司なのですね。
イグナス様に続いて、隣に座っていた赤毛の男性が立ち上がりました。
彼も黒い帝国軍服を着ています。選ばれた六人のおひとりなのでしょう。
彼が座っていたソファの横には最初からライザ様が立っていらっしゃいました。公爵令嬢と言えども、この方達の前では修業中のお弟子さんですものね。
「やあ、俺はアンソニー。赤の魔道士って呼ばれてるよ。マリオンちゃんには、ライザちゃんの師匠って言ったほうが良いかな?」
「お噂はかねがね……ライザ様をよろしくお願いいたします」
「挨拶は済んだな。それでは王宮へ行くぞ」
ああ、もう行ってしまうのですね。
できれば少しでもライザ様とおしゃべりしたかったのですが、時間がないのにわざわざ会いに来てくださっただけでも感謝しなくてはなりませんね。
そんなことを思っていたら──
「行くぞ、マリオン」
「……はい?」
イグナス様に呼びかけられて、私は彼を見つめました。
「どこに……でしょうか?」
「王宮だ」
「ライザ様をお見送りするパーティがあるのですか? 申し訳ありません。私、知らなくて……パーティ用のドレスを用意していませんでした」
王宮でのパーティなら伯爵令嬢には招待状が届くはずなのですけれど、男爵夫人と見なされて送られてこなかったのでしょうか。
「パーティだと?」
私の言葉を聞いて、イグナス様が吹き出します。
眼差しは鋭いし、少し怖くなるほど精悍で整った顔立ちなのに、笑うとなんだか子どもみたいです。
彼の漆黒の髪と帝国軍服が相まって帝国の極寒地域に棲むという黒豹を思い出しました。大きな猫のように可愛いのに、しなやかに冷酷に獲物を狩る猛獣です。




