第6話 その騎士の名は
「夏樹ちゃーん。学校行くよー?」
玄関から元気の良い声が響いてきた。
今日から二学期。新しい学校生活の始まり、なのだが。
「ほら夏樹、真澄ちゃん迎えに来たわよ? 急いで支度しないと」
「わかってるよ母さん。
えーと、ハンカチ持った。ティッシュも持った……」
「こっちのポーチ、中身はわかるわね?」
「あ、あぁ、わかってる。もしもの時に使うやつだろ?」
男子なら身一つで出てもスマホさえあれば大丈夫だったが、女子ともなるといろいろ持ち物が多い。
初日からオタオタするのも嫌だったので前日のうちに準備はしっかり済ませたつもりでも、やはりいざ出発となると本当に忘れ物は無いか気になってしょうがない。
「夏樹ちゃーん」
真澄の呼ぶ声が再び響く。
「すまない真澄ー! 今すぐ出るから」
課題と持ち物でパンパンになった通学バッグをよいしょと抱えて玄関に向かうと、真澄がニコニコしながら待っていた。
そのまま二人、歩いて家を出る。
「初日だから大荷物で大変だよね」
「そうだなあ。
この課題が重くて重くて」
「自分が持とうか?」
「真澄は今女子じゃないか。女子にこんな重い物持たせられないって」
「そういう夏樹ちゃんも女子な訳だけど、それは?」
「ああ、うん。そうか、そうだったな」
この身体になって一カ月半を超えた。慣れはしたものの、自分が女子である自覚はまだ薄い。
だから今みたいに頓珍漢な会話が起こったりする。
荷物を持ちたがる真澄をいなしつつ、学校へ向かうバスに乗り込む。本来の登校時間よりはやや早めだったが、車内は俺たちと同じ高校に通う生徒で埋まっていた。
座るところは既になかったから、俺はバッグを肩から下ろすと吊革に掴まろうと手を伸ばす、けれど。
「と、届かねぇ……」
小声で漏らした俺の一言を、真澄は聞き逃さなかったらしい。俺の目線にアイコンタクトを飛ばすと、背中側から腕を伸ばして左肩をホールドしてきた。
瞬間飛び上がる拍動。思わずうつむいた自分の顔が熱くなる。
周りに同じ学校の女子も男子もいる中で、ためらいもしないその行動。真澄が俺に対して高らかに宣言した『夏樹を守る』という言葉通りに。
「……ごめん。ありがと」
肩を抱かれている恥ずかしさと、助けがなければバスにも乗れない情けなさで、俺はか細く言葉を吐き出すのがやっとだ。
「気にしないでいいよ。夏樹ちゃんはもっと自分に頼って良いんだからね?」
「……いや、そうは言っても……周りがどう見てるかわかんねーし」
「大丈夫だよ。誰が何を言ってきたって、夏樹ちゃんをいじめる奴は自分が許さないから」
見上げる先に光る迷いのないしっかりとした瞳。夏休み終盤で宣言した時の真澄はその場で照れてしまったが、今はもうそんな事はなく、決意を静かにその奥で燃やしている。
そうやって真澄の本当の本気に気がついてしまうと、心悸はますます上がる。しかしそのドキドキはどういう訳か安心感のようなものを俺に与えもする。
恥ずかしさと、情けなさと、安心感。全部ない交ぜになって朝の光の中ゆらゆら揺られて運ばれていく。
俺は開いている右手を真澄の腰に回して、しっかりとホールドしていた。自分でも不思議なほど自然な態度で、いつの間にか。
§
昇降口で自分の下足箱を覗き込む。以前と同じ場所。そこには確かに林と書かれた上履きが、一学期最後に下校した時のまま凍ったように収められていた。
取り出して、そっと履いてみる。
今の自分の足より一回りも二回りも大きいそれは、すっかり変わってしまった自分の身を再確認しただけで、もう戻ることのない過去を自ら印象づけた。
無言のまま大きな上履きをレジ袋で包んでバッグにしまい込み、その代わりの新しい小さな上履きを取り出して履き替える。
「さて、行きますか」
すぐ後ろで俺を待っていた真澄に声を掛けて前を向く。真澄は微笑みを返して軽く頷いた。
廊下ですれ違う生徒もまだ多くはなくて、俺の姿を見て驚く人もいない。ほどなく教室にたどり着いて、開けっ放しの引き戸をくぐって中に入り込む。
既に何人かは登校してきていて、それぞれのグループに集まって談笑していた。そこへ現れた見知らぬ女子生徒一人。注目が集まるのは必然だった。
空間が鎮まって、孤立感が俺を中心に広がる。
それをすぐさま破ったのは真澄だった。
「夏樹ちゃん、荷物置いたら担任の先生のとこに行くんだよね?」
「あ、あぁ。そうだ……ね」
その会話を発火点にして、静かに様子を窺っていた教室に沸騰直前のエネルギーが満ちる。
俺は大荷物を自分の机に置くが早いか、真澄に手を引っ張られて教室を後にした。
背後で教室が突沸を起こした。
担任への出頭を終えて戻ってきた教室の空気は一変していた。
俺の前に代わる代わるやって来ては話しかける馴染みの顔、顔、顔。男子だけでなく、女子もその列に例外なく加わる。
その誰もが俺の身の上を心配してくれていて、好奇の目も多少あったけど、心配していた最初の大きな壁を越えることができたのは疑いようがなかった。
真澄はずっと隣に立ってくれている。まるで姫を守り抜く騎士のように。
そのにこやかな表情を崩さずに。
そんな中、俺に話しかけてくる女子の素振りからふと気づいた事があった。
直後に担任がやって来て朝のホームルーム、そして一限目の授業が始まって、終わって、再びの喧噪。そこで俺は隣に寄ってきた真澄に尋ねてみた。
「なあ真澄、クラスのみんなに俺のこと根回ししてくれてたんだろ?」
「女の子が俺なんて言っちゃダメだよ、夏樹ちゃん。
それはそれとして……そうだねえ、仲の良い子たちにはあらかじめ訳は伝えてあったね」
「やっぱりか。でもみんな歓迎してくれて助かったよ。ありがとう、真澄」
「ふふふ。だから夏樹ちゃんを絶対守るって言ったでしょう。
でもそれだけじゃないよ。前にも言ったけど夏樹ちゃんがすごく可愛いからみんなが放っておかないんだよ」
いつの間にか真澄の顔が至近距離にいた。
「だから、他の人に盗られちゃわないように、初日からきちんと見せておかないとだめなんだよね」
俺は蛇に睨まれた蛙のように、真澄の眼光に囚われる。
次に起こる事態を止めようとした俺の意思は発せられることのないまま、彼女の唇に吸い取られた。
そして教室は今朝以上の爆騰を起こした。
―― 従兄弟な彼女とすごした夏の話 了 ――
物語を最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
当初の5話は当時の投稿先であるノベルアッププラスさんの企画である『夏の5題小説マラソン』に合致するように、各話ごとにテーマが決められていました。
第1話:『秘密基地』
第2話:『打ち上げ花火』
第3話:『浜辺の漂流物』
第4話:『アイスコーヒー』
第5話:『宿題』
上手く物語に織り込めていたかどうかの判断は読者の皆様にお任せするとして。
第6話は小説家になろうさんで連載ものとして公開するに当たり、5話までの公開設定を終えたあとに思いついたお話。夏樹と真澄、二人の夏物語をきちんと決着させるために書きました。これでこのお話もラブコメになったかな、どうかな。
『星垣』という名前について
真澄ちゃんの名字が『星垣』というのは、なにも作者に名前のバリエーションがないというわけではなくて、拙作の未完結作品『星垣多美の話』のリライトされたバリエーションの一つとして今作が位置づけられていたからです。
おかげさまで『星垣多美の話』は未完結短編作品であるにも係わらずそこそこ高評価を戴いておりまして、続きを是非にという声も聞き及んではいるのですが、なにせ今から10年以上前に執筆した作品で、あのまま続けるのも難しい。それに予定していた話の筋も些か重さを感じるものでして、ラブコメとしても恋愛ものとしても辛いのではないか、そういう思いがありました。
そこでもっとラブコメ寄りに明るく軽く、を目指して立案したのがこの『従兄弟な彼女とすごした夏の話』なのですね。主人公とヒロインがダブルでTSしていてはどちらが主人公でヒロインなのか最早分かりませんけれど。
ちなみにタイトルの『従兄弟』なのですが、女性同士の場合は『従姉妹』と書くこともあります。それを男性形の方にしてあるのに『彼女』が続く辺りで、『この作品はTSものだからねー』とある種の文字遊びというか注意喚起した形にしたつもりですが……伝わったかな、どうかな。
最後に
語り始めると長くなるのがはるきKの悪いところ。
さておき、最後まで読んでいただいた方にはもう一押し、この作品を面白いとお感じいただけたなら、ぜひ★評価を残していっていただきたいとお願いをして、作品を閉じたいと思います。
最後までの通読、本当にありがとうございました。