第4話 ほろあまバディ
真澄父の実家から自宅に戻る、帰りのミニバンの中で。
「ねえ夏樹ちゃん、さっきのタカラガイさ、ちょっと自分が借りといていいかな?」
「ん? 構わんけど。何するんだ?」
「少し工作をしたいと思ってね」
そう言って差し出された真澄の両てのひらに、俺は洗ってティッシュで包んでおいたタカラガイの貝殻を、押し込んであった短パンのポケットから取り出した。
「ありがとう」
「なあ、何作るんだ?」
「それは、できあがってのお楽しみ、ということで」
タカラガイをバッグにしまいつつ、真澄は少しいたずらっぽく笑った。
その三日後、いつものように俺は真澄の家に上がり込む。
「お邪魔するぞー」
「いらっしゃい。
自分は飲み物持って上がるから、夏樹ちゃんは先に上がっててよ」
「ん、わかった」
階段を上がった先にある真澄の部屋。これまたいつものようにドアを開けて入り込むと、勉強机の上には大小二つのタカラガイが置かれていた。
よく見ると拾ってきたときよりも光沢が増しているようだ。この三日の間に真澄がキレイにしたに違いない。
俺が貝殻を見ている間に、真澄が上がってきた。
「タカラガイ、綺麗になったでしょう」
「そうだな。どうやったんだ?」
「水で綺麗に洗ったあと、コーティングしただけだよ」
「そんなんで良いんだ?」
「タカラガイの柄ってこすったり漂白するとはげちゃうからね」
「そんな繊細なんだな」
「そうだよ」
真澄は持ってきたアイスコーヒーのペットボトルとコップなんかを部屋の真ん中のちゃぶ台に並べる。
「夏樹ちゃんも飲むよね?」
「あー、自分でやるわ。ありがとな」
そういえば女子になってからコーヒーを飲むのは初めてだ。男子時代もそうしょっちゅう飲むわけじゃなかったが、深夜の勉強の時とかはちょくちょく飲んでいた。とはいえミルクコーヒー程度のものだが。
そしてちゃぶ台に出された物を見て、俺はあることに気がついた。
「なあ真澄、悪いけど、その……牛乳ないか?」
「え、あぁ、あるよ。持ってくる」
「悪い」
真澄はちゃぶ台の上と俺の顔を交互に見て気付いたらしく、戻ってくる手には牛乳の紙パックとガムシロップの袋があった。
「はい牛乳、それからシロップも。気づかなくてごめんね、自分いつもブラックだからさ」
「ありがとな。それにしても真澄はブラック飲めるんだな、すげえな」
「甘いのは色々あって控えてるし、冷たいのっていうと麦茶かこれかしか、家にないからね。
夏樹ちゃん、どれくらい飲む?」
真澄はそう言うとグラスにアイスコーヒーを注ぎはじめた。グラスに四割くらいのところで俺が止めると、次は牛乳を同じだけ。そして、真澄は今言っていたとおりブラックで飲むものだとばかり思っていたのだが。
「あれ? 結局ミルク入れるのか」
「うーん、今日はなんとなくね」
結局テーブルの上に並んだのは、どちらも同じキャラメル色をしたミルクコーヒーのグラスが二つ。
その時の真澄の表情はなんとなく嬉しそうに見えた。なぜ嬉しいのかまでは分からなかったが。
そのグラスを持って真澄は勉強机に向かう。そのまま様子を眺めていたら、机の中から出てきた道具で机の上はあっという間に一杯になった。
机の片隅に立てかけたタブレットでなにやら調べたかと思うと、すぐに切り替えて一心不乱に手を動かし始める真澄。俺はその背後からそっと様子を覗いてみた。
真澄の手には艶を放つタカラガイが握られて、もう片方の手にはピンセット。貝殻に紐を取り付けている真っ最中だった。
そのあまりの集中ぶりを見て、俺は真澄の後ろをそっと離れると、ベッドにもたれかかってマンガを読んだ。邪魔をしないように、音を立てない時間を過ごす。そのうちに積み上がった単行本が十冊を数えた。
「よし、できた」
静けさを破ったのは真澄の声。そして間髪を入れずに椅子ごとくるりとこっちを向いた。
「夏樹ちゃん、できたできた。どうこれ?」
真澄の差し出した両手の上には、紐の取り付けられたタカラガイが二つ。よく見ると紐の先端はループになっていた。
俺はその一つをつまんでそっと持ち上げる。
「ストラップ?」
「うんそう」
「器用なもんだな。真澄がこんな事できるって知らなかった」
「中学上がるちょっと前ぐらいからかな。時々こうやって色々な物でチャームを作ったりね」
「チャーム?」
「うん、今回はタカラガイだけど、ストラップとかペンダントの先に付いてる飾りみたいな物のことだよ」
真澄の解説に耳を傾けながら、手に持ったストラップの裏表をじっくりと観察した。
紐は俺が思っていたのとは違って、貝殻に穴を開けることなく取り付けられていた。タカラガイの口を上手く使ってその内側に固定してある。半透明のボンドで固めてあるから、少々乱暴に扱っても取れてしまうことはなさそうに思えた。
「夏樹ちゃんさ、二学期からは学校に出るんだよね?」
急に真澄がそんな予期しないことを言うものだから、俺は返答に詰まってしまってストラップを持ったまま固まってしまった。期待する眼差しが俺の目に刺さる。気を取り直して視線を外すと、口を突いて出たのはなんとも気まずい雰囲気を纏った唸り声だった。
「あ~~~、う~ん、そうだな~なんていうか、なんだ」
真澄はしかし突っ込みを入れることもなく、変わらない眼差しを浴びせ続けている。
「いやさ、まだちょっと踏ん切りが付かなくてな」
「それは、いきなり女子になちゃって恥ずかしいとか、何か言われるのが怖いとか、嫌だとか?」
期待を含んだ眼差しは、いつの間にか真剣なそれに取って代わられていて。
真澄がその事についてかなり真摯に考えているのが手に取るように理解できた。
俺はといえば自分の身に起こったことではあるものの、どこか夢物語のような非現実さを感じていて。事が起こってもう一カ月を超えたというのに未だに消化しきれずにいた。そんな迷いや甘さといった類のものを、真澄の問いかけが改めて俺に正面から突きつける。
ひとつ呼吸を整えて、今の偽らざる気持ちを吐き出していく。
正直、クラスの反応を見るのは怖い。男子は好奇の目で見てくるのだろうし、元男子だから馴れ馴れしく勘違いする奴も現れるんじゃないか。実力行使にでも出られたら俺の今の腕力では男子に抗えるはずもない。そして女子からも女子としては見られないだろうという予想。陰口みたいなのは当然起こるのだろうし、そうなったら男子からも女子からも爪弾きにされかねない。そんな状況で残りの高校生活二年半あまりを送る、鋼のような精神は俺には備わっていない。
真澄は俺の弱音を静かに聴いてくれている。反論もせず、同意もせず、ただただ。
一方的な話がひとしきり終わって二人とも黙ったまましばし経った後、真澄がゆるゆると口を開いた。
「夏樹ちゃんの今のお話にはさ、ひとつ抜けていることがあるよね。
そのお話の中に、星垣真澄の存在はどこにあるのかな」
忘れていたわけじゃない。
絶対に俺の味方なのも分かっていた。
だからといって頼り切ってしまうのも、それは何かが違うと耳の奥が囁いていた。
でもその結論は真澄の方からあっさりと投下された。
「自分が夏樹ちゃんを守るよ。
世界が全部夏樹ちゃんの敵になっても、夏樹ちゃんの味方でいる。タカラガイはその証。
だからさ、九月からは一緒に学校に行こうよ」
「……真澄? それってもしかして俺のこと口説いてる?」
「えっ? あっ?」
相当恥ずかしいセリフを素面で放ったことにようやく気がついたのか、真澄の顔がみるみる真っ赤になる。そして椅子に座ったまま、膝の間に顔を埋めてしまった。
目の前に差し出された頭をよしよしとあやす。
真澄の天然だけど真剣な告白に助けられて、俺はようやく前を向く。