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第3話 貝殻海岸

 花火大会の翌朝は少しの虚脱感と共にやって来る。


 今日は真澄のお父さん方の実家へ向かうとかで、星垣家の三人は朝食のあと車で移動する事になっていた。そしてどういう訳だか俺も一緒に連れられて移動している真っ最中だ。

 関係ないはずの俺まで同行することになったのは、お察しの通り真澄のわがまま。それが叶ったものだから真澄の機嫌は朝からとても良い。


 星垣家のミニバン二列目の席に陣取った俺の隣には、もちろん真澄が座ってる。しかも、かなり嬉しそうな表情を絶やさずに。


「ねえ夏樹ちゃん」

「どうした?」

「夏樹ちゃんとこうやって一緒にいられると、なんだかうきうきしてくるよ」

「そりゃー良かった」

「父さんの実家の近くにはね、海岸があるんだよ。砂浜の」

「へえ」

「もうお盆になっちゃったから泳ぎはできないけど、たぶん時間あるから着いたら一緒に行ってみよ?」

「海かー。もしかしたら俺、砂浜とか初めてかも」

「そうなんだ。それじゃなおさら楽しみだね」


 そんなたわいもない会話をするうちに、バイパスを降りたミニバンは段々と細い道に入り込んでいく。

 銀色に照り返す古い町並みをくぐり抜けた先、車窓からは遮るもののない高い青空が見えた。


「着いたよ。ここが父さんの実家」


 ミニバンを降りると、やや背の高い草むらに囲まれた空き地に車が数台止められていて。その隣には立派な土塀を構えた屋敷が控えていた。

 真澄の背を追いかけるように四人の最後尾を歩く。耳には規則正しく打ち返す波のノイズが遠く、鼻には密かに磯の匂いが少し湿っぽく漂う。思っていたよりも海は近かった。


 土塀も立派だが屋敷も立派だった。見たところきれいに手入れされた庭もあって、真澄のお父さんの実家は相当な名家なのが見て取れる。そして俺からしたらここは全く他人のお屋敷で、座敷に上がりはなから脚を伸ばして寛いでいる真澄みたいな態度をここで取ることはさすがにできずにいた。


「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ」


 真澄は俺が背筋を伸ばして正座している様が気になったんだろう。気を遣ってそう言ってくれるが、それを素直に受け入れて座を崩すほど不躾ではないし。それに今の俺はどう見ても女性の姿で、人前であぐらを掻くのはさすがにはしたない。

 女性だから男性だからなんて考えももう古いのかも知れないけど、自分のテリトリーでない場所で緊張感を切らせるのが拙いことくらいは理解できるつもりでいた。


 そのうちご当主である真澄のおじいちゃんが出て来ると、俺の堅苦しそうな様子を見かねて真澄と二人お出かけしておいでと優しく勧められるに至った。


 二人で海岸へ続く小道を歩いていく。日差しは厳しいが、吹き抜ける風は案外と涼しい。ただ髪や肌がだんだんと湿り気を帯びてくるのは気になった。進むにつれ大きくなる波の音、そしてこれも徐々に強くなる風の音。たどり着いた小道の果て、目の前を横断するコンクリートの壁が風景を容赦なく切り取る。


 真澄は土地勘があるようで、迷うことなく防波堤の階段をひょいひょい上っていく。俺はその後をついて行くだけだ。そして壁のてっぺんに立った俺の目には、白い波頭がところどころ見え隠れする青い海が広がった。ここはまだ湾内のはずだが、対岸は霞んでいてはっきりしない。右手の方には遠く島影が並び、左手にはぽつぽつと大きな船が浮いている。


「……思ってたよりも広いな」

「そうかな? そうかも知れないね」


 それだけ言うと、真澄は砂浜に降りる階段を無造作に降りていった。俺も続いて階段を降りて、砂浜に足を着けた。

 砂は乾ききっていてサラサラとしている。中学の校庭にあった幅跳び用の砂場とはまた違った感触で、足が沈む感覚は思いのほかなかった。でもその一方で凹凸が大きくてなかなか歩きづらい。

 真澄のあとを追いかけて波打ち際へと進む。波に洗われる所は濃い色をしていて滑らかな砂の面。そこから陸地側の波が被らない場所は、波打ち際に並行して一面に白い石のような物が分厚く帯のように覆っていた。

 その帯に近づくと、それは貝殻が溜まっているのだと分かった。


「……まるで墓場みたいだ」


 ふとそんな感想を独り零した。


 真澄は俺に構わず数十メートル先まで進んでしまった。俺は貝殻の墓場と波打ち際が織りなすコントラストの境目に沿って、砂に目を落としたままゆっくりと歩む。


 ふと目に止まった光があった。

 しゃがみ込んで光の元を追うと、そこには丸く艶のあるまだら模様の貝殻が顔を覗かせる。

 掘り出してみると、それは自然にできたものとは思えないようなつるりとした表面で、ガラスのような艶。つまんでしげしげと見回していたら、真澄の声が降ってきた。


「タカラガイだね」


 声のした方を見上げる。


挿絵(By みてみん)


「たから?」

「そう。

 丸くてきれいだから昔の人は貴重なものって考えていたみたいで、だから宝物のタカラガイ」


 宝と呼ばれて、手に持った貝殻にもう一度目をこらす。


「そう言われると、なんだか本当の宝物みたいに思えてきた」

「良いんじゃない?

 初めて二人で来た海で、初めてのたからもの」


 そう言って微笑む真澄の顔は後光が差してるみたいに眩しい。その姿は俺の心臓を刺してきた。


 照れ隠しにうつむく。そのまま胸の高鳴りが落ち着くのを待っている間、不思議なことに真澄の追求はなく。

 その代わりにひとこと。


「自分も探してみようかな」


 そう言って真澄は少し離れたところで、俺と同じように貝殻を探し始めた。

 なんとなく一緒に探した方が良いような気がして、その隣に座り込んで俺もタカラガイを探す。


「ここは墓場かと思ってたけど、実は宝の山なのかもしれないな」

「墓場?」


 波の音にかき消されそうな俺の呟きに、真澄はしっかりと問いかける。


「うん、貝の墓場。

 白い貝殻が一面に積もっていて、なんだか墓標か骸骨みたいだなとか」

「ああ、そうか。そうも見えるね」

「でも、とてもきれいな宝物も埋まってる」

「そうだね」


 道具も何もないから、それぞれの手だけが頼り。黙々と貝殻をひっくり返していたら、真澄の方からあっと声がした。

 見るといつの間にかまた離れていた真澄の手に、何かが光る。


「見つけた?」

「見つかったよ」


 問いかけながら真澄に歩み寄ると、砂にまみれた細い指に包まれて、俺が見つけたのと同じ柄をしたタカラガイ。


 並んでそれぞれのタカラガイをかざす。


「自分のの方が、少し大きいかな」

「そうだな」


 どちらからともなく顔を見合わせて、クスッと笑いかけた。

 その時真澄のスマホに着信があって、実家の方に戻ることになった。来た道をまた、二人並んで歩く。


「そうそう、タカラガイってね、別名を子安貝(こやすがい)って言うんだって」

「コヤス?」

「子どもに安心に貝って書いて、子安貝」

「ふうん」

「安産のお守りにするんだそうだよ」


 思ってもみなかった解説を聞いて、足が止まる。

 女子になってしまった自分の身の上には、真澄の言う安産の願いというその言葉の意味は重く心に響いた。


「どうしたの?」


 振り向いた真澄の眼差しを直視はできなかったけど、ちらりと見ることができた。

 その瞳は、発せられた言葉の重みとは裏腹にとても無垢なものに感じられた。


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