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第1話 二人のヒミツキチ

 この作品は、ノベルアッププラス様で2021年夏に行われた企画、『夏の5題小説マラソン』に投稿した短編五編をまとめた上で、新規に第六話を追加したものです。


 登場人物は従兄弟同士の林夏樹と星垣真澄。

 桜の咲く季節、夏樹の家の隣にある家族が引っ越してきたところから物語は始まるのですが、その物語の中段にあたる夏休みの出来事に絞った連作になります。


 引っ越してきたその家族とは従兄弟の星垣一家。

 でも久しぶりに目にすることになった真澄の姿は、夏樹の記憶にあったそれとはずいぶんと違っていました。夏樹の記憶では真澄は男の子だったはず。しかし引っ越してきた真澄は背丈こそ多少高いものの、衣服の上からでもわかるその体つきは明らかに女の子のそれでした。


 同じ高校で同じ一年生のクラスメイトとして学校に通うことになる二人。でもラブコメみたいな展開になることもなく坦々と日常は過ぎていきます。そんなある日のこと、窓越しに見えた真澄の様子を見て、夏樹はおかしなことに気づきました。普段あれほど存在を主張していたはずの胸の膨らみがまるでなくなっていることに。

 そしてそれを目撃した夏樹もまた驚くべき変化を遂げてしまうのです。


 すっかり変身してしまった夏樹、ひとたびはふさぎ込んでしまったものの、真澄の献身によって徐々に日常を取り戻していきます。そうして迎えた夏休み、人目につかなければ外出もなんとかできるようになって、新たな夏の一幕が上がるのでした。


 今年も暑い、ナツ、ホンバンってやつがやって来た。


 でも今年の夏は今までとは少し様子が違ってた。

 ひとつはお隣さんができたこと、そしてお隣さんが従兄弟なこと、そして従兄弟は女の子で同級生だったこと。


 さらに一番の違いは、俺、林夏樹が男子を辞めるハメになったこと。


 男子を辞めてどうなったかっていうと、女子になった。それも突然に。


 まあ、その話は長くなるからここでは止めておこう。

 とにかく今年の夏は今までとまるで違う、これだけは明らかだ。


 従兄弟の名前は星垣真澄という。女子にしては背が高く、髪も短めでスポーティな雰囲気。実際のところ性格もすっきりした系だと思うのだが、これがどういう訳か俺に対してだけはすごく甘えてくる、というか俺の方が可愛がられてる可能性。元々はそこまで俺にべったりってわけじゃなかったのに、俺が女子になったとたんにくっついて来るようになってしまった。


 なにせ今俺は女子なんだが、男子の時は170センチ近くあった身長が今や150センチあるかないか。髪もうっとうしいくらいに伸びてしまって、正直この夏の暑さの中じゃ蒸してしまって仕方がない。でも真澄のヤツはそれがいい、切るなと言ってはばからない。なんでよって俺が怪訝に尋ねると、「可愛いから」の一言で、うちの母親も切ることに同意してくれないからそのまま伸ばし放題というわけ。

 それに今のこの状態じゃ俺一人で外に出るのもままならない。正直この女の姿はまだ慣れない。元の姿からは大きく変わってて面影なんてかけらも残っていないから、例え俺が今表に出たところですぐさま俺だと気がつく人はいないだろうけど。それでもこの姿形を衆目に晒すのはどうにも恥ずかしく、抵抗感がある。


 そんなわけで俺は今絶賛引きこもり中。高一の夏休みだなんて、何も考えなくていい、多分人生の中でも一番フリーな夏だというのにだ。


「だからって夏樹ちゃん、うちに毎日入り浸っているっていうのはどういう事」

「だって家にいると母さんが色々うるさいしよ。それにここなら真澄が勉強見てくれるじゃん」


 ここは真澄の部屋。その真ん中に置かれた座卓の上に夏休みの課題を広げてシャーペンを走らせていたのは俺。

 真澄本人は勉強机に向かって勉強中。


「自分にも色々やることあるんだけどなー。まあ夏樹ちゃんがそばにいてくれるのは嬉しいけどね」

「俺みたいなののどこがそんだけ魅力的なんだか」

「全部スキだよ」

「はあ。そのラブコメヒロインみたいな物言いヤメロ」

「だって本当のことだし」

「なんかそのうち真澄に押し倒されて本当にオンナノコにされそうだ」


 俺がため息交じりに言葉を返すと、真澄はすぐさまこっちに振り向いて嬉しそうに声を上げる。


「いいの? 襲っちゃっても」

「言葉のあやだよマジになんなマジに。ほらそこ! こっそり男になろうとすんな!」


挿絵(By みてみん)


 気がつくとさっきまでTシャツの下で存在感を叫んでたはずだった真澄の胸元が真っ平らになっている。


 彼女というか彼というか、真澄も俺同様特殊体質持ちで、普段は女子だが何かのはずみで男子に変化する。ここ数年は自分で自由に変身をコントロールできるようになったらしい、何そのチート体質。でも普段学校では女子で通してる。いつかバレるんじゃないかと従兄弟ながらハラハラしてるが、なかなかどうして上手いことバレずに生活できているから器用なもんだ。

 そんな真澄だけれどやっぱり外では緊張してるのか、家に戻れば気が休まるらしくよく男子になっている。今日も俺が真澄の部屋に訪れた時には女子だったのが、今の会話の流れで男子になっているし、それで心なしか真澄本人の様子も外とは違ってのびのびしてるように感じられる。


「なあ真澄」

「なに、夏樹ちゃん?」

「おまえ学校にいる時は女子でいるじゃん? でも家にいる時は男子のことが多いよな」

「そうだねえ」

「やっぱり女子の方が疲れるからとかそんなわけ?」

「ん~、そりゃ色々と気遣いは多いよね。身体の都合で面倒事もあるしね」

「だったらなんで女子でいるのさ? 男子のまま生活してりゃいいんじゃね」


 俺は素朴な疑問を発したつもりだったが、意外に難しい質問だったのか真澄はやや考えてから。


「男子として、ねえ。それはなんていうかなんとなくイヤなんだよね」

「どうしてよ?」

「まずカワイくないよね」

「そこか」

「うん。それになんだか汗臭いし」

「ああ、それはな。男の頃からでも思ってたけど、もっと綺麗にしとけよって思う。一部男子」

「あとなんとなく粗暴っていうかね、まあ女子は女子で見えないところが怖いんだけど」

「そこ、あとで詳しく」

「あはは。夏樹ちゃんは女の子初心者だもんねえ。いいよ、お姉さんが手取り足取り教えてあ・げ・る」


 明るく笑った真澄だったが、最後の言葉は妙に重たい。瞬間ヤバ味を感じて鳥肌が立ったような気がした。


「なんか今背中がぞわっとしたぞ。真澄だとイケナイ方に指導されそうで嫌なんだけど」

「えー? そんなことないよ」

「なんか狙われてるような気がするんだよなあ……」


 どうも俺が女子になってからこちら、真澄の態度の変化にまだまだついて行けない。明らかに以前よりも接近度は上がってるし、声を掛けてくる頻度も上がって好意度が上がったようだ。だからといってこちらも不快感はしない、ただ時折見せる鋭い雰囲気に、俺の方が狙われている錯覚を覚えるだけだ。


 そんなこんなで女子になってまだ日が浅く、外に出るのもおぼつかない俺、林夏樹。それから特殊体質で男子と女子の間を行ったり来たりする従兄弟の星垣真澄。その二人が唯一気の休まる空間であるこの真澄の自室。六畳ほどの空間が、ちょっと変わった二人を安心で包み込む秘密基地。


 夏休み終了まであと一カ月ほど、その間に俺はこの安全地帯から外に出る用意を整えなければならないのだが、果たしてそう上手く行くのだろうか。


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