#26 実技演習・準備
「以前より言ってましたが、明日の放課後に王都ゼムルディアの西部に位置するセセロンの森での実技演習を行います」
朝のホームルームの終了際、リオンが生徒たちに淡々と告げる。生徒たちはいよいよかという顔付きだった。
セセロンの森。それは遥か昔、異種族同士が領土問題を引き金に巻き起こした歴史に残る大戦。それを良しとしない一体の龍族──アルゴリアス・セセロンという古龍が強大な力をもってして大戦を鎮火させた。
その際に負傷したアルゴリアス・セセロンは偶然発見した森で傷を癒すことにした。
それから数百年。アルゴリアス・セセロンの力が生命を呼び寄せ、人間がやってきた。
人間は村を作り、街へ発展させ、やがて国へと至った。それが今の王都ゼムルディアである。
だがアルゴリアス・セセロンが呼び寄せたのは人間だけではなかった。強大な力に引き寄せられた魔物がその森に住み着いたのである。
魔物は古龍から漏れ出る力を吸収して力を蓄えていく。
このままでは同じ悲劇が捲き起こるのではないか。しかし古龍は魔物が森の外へ出ないように結界を張り巡らせたのだ。
以降、セセロンの森から抜けた魔物は確認されていない。
というのがリオンから個人的に教えて貰った内容だ。
他にもあの森には様々な歴史があるようだが今回は特に関係するものはない。後の授業でも取り上げるらしい。
「明日にもう一度概要を説明しますが今一度説明します。まずこの演習は新入生が挑む最初の難関と言えるでしょう。この中で魔物と戦闘を行った経験があるものは?」
挙手をしたのは全員だった。
学院に入学する以上、戦闘経験を積んでおかないと後々の結果に響くからだろう。特に貴族は優秀な成績を修めるためだと抜かりない。
「皆さん、一応は経験があるようですね。ちなみにどの程度の魔物を相手したことがありますか?」
一人一人聞いていくリオンだがその表情はだんだんと暗くなっていく。
ああ……。これはまた何か始まりそうな予感……。
おそらくリオンにとっては低レベルの魔物しか名前が上がってこなかったからだ。
でもそれが当然だろう。例えばドラゴンとか上位に存在する魔物を倒す機会などあるわけない。リオンの常識を生徒たちに押し付けないでほしい。
リオンは溜め息をついてロザリオに話を振った。
「では、ロザリオさん。あなたは?」
生徒の注目が一気に集まる。ここ数日でロザリオは実力を見せつけてきた。クラス内では頭一つ抜けているとこの場にいる者は認識している。
「手応えがあったのは確か……ガルガンチュアデーモンとかか。悪魔が具現化したかのような魔物でえらく大きかったな。何とか倒せたが正直一人で戦うものではないな」
平然と笑ってそう言った彼女に生徒たちは恐れを通り越して引いていた。
ロザリオがあげた魔物は有名な魔物だ。一人で戦うことはまず無謀と捉えられ、集団で相手することが推奨される。
それを緻密な作戦と実行できる身体能力、そして愛剣で倒してきたのだから称賛すべきだろう。
「素晴らしいです。皆さんも彼女のようにガルガンチュアデーモンクラスの魔物を倒せるようになりましょう」
簡単に言うリオンにロザリオ以外の全員が「出来るかッ!」と心の声で突っ込んだであろう。
「では、皆さんがどの程度の魔物を倒してきたかわかったところで──」
「あの……」
女子生徒が手をあげリオンの言葉を遮る。そう、理由は一人だけ質問をしていないからだ。
「アルク君には聞かなくて良いんですか?」
「そうだぜ。俺たちが言ったんだからこいつも言わなきゃ不公平だろ。それともロザリオが化物級と戦ったって聞いた後じゃ可愛い弟が倒した魔物は恥ずかしくて言えないのか? なるほど、結局は大したことない奴だったわけか」
煽り立てるのはピートだった。
以前リオンに散々な目に遭わされたのに懲りていないのか今度は俺を攻めようと考えているのだろう。それがリオンの怒りを買うとも知らずに。
「お前がいつも授業で手を抜いているからああ言われるんだぞ」
俺は性能は兎も角、武器の見た目が【木の枝】と言うことから別の意味で目立っている。ただでさえ目立っているっていうのにな。
そこで更に目立つようなことをしたら面倒事が増えると授業はそれなりに手を抜いている。たまにリオンに指摘される事もあるけど。
でも全力で目立たないようにしていることに関しては手を尽くしているのだ。言うなればそこに全神経を注いでいる。
「それでどうなんだよ。お前はどんな魔物を倒したことがあるのか教えてくれよ」
「言わなきゃ駄目か?」
「当然だろ。まあ、お前の武器じゃたかが知れてるがな」
今まで積み上げてきた努力が無駄になるが、このまま言われっぱなしも釈然としない。
「俺が一人で倒したことがあるのはタイラントグリズリー──」
タイラントグリズリーなどロザリオが倒したガルガンチュアデーモンの足元にも及ばない小物だ。
しかし、学院の生徒からしたら単独でのタイラントグリズリー討伐も賞賛に値する功績なのだ。
「ぐ、偶然当たりどころが良かったんだろ。でなきゃお前の貧弱な武器でタイラントグリズリーなんて大物倒せるわけ…」
だが、俺の言葉はそこで終わっていない。
「がいる森に三日ぐらい飲まず食わずで戦ってたから途中から記憶が定かじゃない。でも俺が倒したことには間違いないな」
言い切るとピートは言葉を失っていた。だがすぐさま、
「嘘をつくのも大概にしろよ。お前なんかが森の中で三日も生き残れるわけないだろ。それに信憑性に欠ける。なんで記憶が定かじゃないのに倒したって言い切れるんだッ!」
ピートの言い分にクラスメイトは納得するが実際に倒した事実を【ユグドラシルの枝】から報告を受けているのだから間違いないのだ。
だが言っても信じてもらえないだろう。武器が直接語りかけてくるなんて絵空事を。【ユグドラシルの枝】の事を知っているリオンですらいまいちピンと来ていないのだから。
「じゃあリオン──先生に聞いてみろよ」
生徒全員がリオンの顔を見る。
「ええ、確かにアルク君が言っていることは事実ですよ。学院へ入学する前に私が課した課題でもあるので」
咄嗟に思い付いた嘘を平気で言うリオン。
本来は全く違うがこの場の空気と周りからの俺の評価を変えるにはこれがベストだった。
そして、リオンは例え身内であろうと鬼畜な課題を突きつける鬼のような存在であると生徒たちは理解する。
身内であれなのだから、他人の自分たちは今後どんな課題を言い渡されるのか。とか考えているかもしれない。
そんな気持ちを秘める生徒たちとは裏腹にリオンは説明を続ける。
「それでは今回の実技演習の概要を説明します。今回の最終目標はセセロンの森中央区画に存在する〝セセロンの巨大樹〟に制限時間以内にたどり着くこと、それだけです」
生徒たちに背を向け説明をしながら黒板に簡易版の地図を描いていく。そして中央に描いた木の絵をトンッとチョークで指し注目させる。
「制限時間は三日──つまり七十二時間です。セセロンの森は非常に広大で地形も複雑、足場だって悪い。簡単には目的地にたどり着けません。夜営や索敵、特にサバイバルの知識は必須でしょう。ですが、そういう知識に疎い方もいると思いますので予め皆さんには私が独自で調べておいた生態系、サバイバル関連の知識が書かれた資料を特別に用意しました」
俺は偶然鞄に入れていた資料を取り出す。
枚数は四十枚程度。しかしそこにはびっしりと文字が刻まれており読むだけでも一苦労しそうだ。
「実技演習で身に起こることは全て自己責任です。例えば食料なんかも自分たちで調達しなくてはいけません。そこで誤って毒物を取り込んで食中毒に陥ってしまえば実技演習どころではないでしょう」
森の中でそうなっては危険だ。症状の度合いはそれぞれだがまともな診察を出来る環境ではない。そのためにもリオンが贈った資料は重要なのである。
「火を通せば何でも食えると思うんだけどな」
「火を通しても何でもは食べれないでしょ」
今まで運が良かったのか、それとも胃袋が強いのか。どちらにせよロザリオの発言に俺は冷静に指摘した。
「もし万が一何かあれば当日は教員や上級生が採点も兼ねて皆さんを逐一観察していますので彼らに報告してください。ですが、これは自分たちの力を示す実技演習です。それを教員や上級生に頼るということは、どういうことかわかりますね」
授業の延長線上にある実技演習。これは謂わば一種のテストと言っても良い。
巡り巡ってリオンが言いたいのは行動が成績に直接関与するということ。目的を達成するのは勿論のことそこにたどり着くための行動全てだ。
「最後に実技演習は四人一組で参加してもらいます。私からのアドバイスとして、連携が取りやすい者同士で組むことをお勧めします。達成することを目的に不慣れなパーティで挑むと危険を招くだけですので」
魔物との戦闘は教員や上級生がいるとは言え必ずしも安全ではない。怪我はするだろうし、最悪死ぬ可能性だって無きにしも非ず。
しかも普段とは違う森の中での演習では常に何が起こるかわからない。であるならば信頼に足る人間とパーティを組んだ方が危険性は少なくなる。
「これで一通り説明は終わります。今日は午前中まで授業を行い、午後からは明日の準備や最終調整などをする時間にします。それでは私は一旦これで。講義を準備している教師に迷惑がかからないよう遅れずに教室へ向かってくださいね」
そう言ってリオンが教室から去ると生徒たちは行動を起こす。主にパーティへの勧誘だ。
「ロザリオさん。私とパーティ組まない?」
「いや、俺と組んでほしい」
「俺と君が組めば必ず実技演習も突破できる」
などとロザリオへの勧誘が多かった。
それもそのはず。リオンの言葉を無視するわけではないが、ロザリオがパーティにいれば連携などの話を差し引いても十分実技演習を突破できる。
つまり、結局彼らは実技演習をクリアするためだけに彼女を利用しようとしているのだ。
だが彼らの勧誘にロザリオは迷うこと無く言い放った。
「誘ってくれるのは嬉しいが、前から彼と実技演習に挑むと決めていたから申し出は受け入れられないかな」
肩を軽く掴まれた俺に視線が集中する。彼女の言うように前から決めていたことだが、わざわざ見せつけるようなことをしなくてもいいだろうに。
「そうなんだ……でもあと二枠空いてるよね。そこに私をいれてほしいな」
実技演習は四人一組。俺とロザリオが組んでもあと二つ枠が余る。そこを狙ったわけだが、残念なことに思惑通りにはいかなかった。
「ああ……それなんだけど、実はもう決めてるんだ」
実はロザリオが勝手に決めていて俺は知らなかった。しかし誰を選ぶかは大方予想がついていた。
すっと立ち上がった彼女が向かった先にはこちらの様子を遠巻きに眺めていたエディだった。目の前に立たれたエディは目を丸くして驚いてる。
「もしかして私? 私は二人みたいに実戦とか得意じゃないよ。Aクラスなのもスキルがあってだし。せいぜい出来てサポートぐらいだよ」
「別に強制じゃない。他にパーティを組む予定がそっちに行っても構わない。ただ、リオン教諭も言っていたように連携が取りやすい者と組むのが最適と言ってた。あの時の事件での私たちは案外良い感じに型にはまっていたと思うんだけどな。アルクはどう思う?」
ここで俺に振るのか。
「エディのお陰で解決したところもある。それにサポートをしてくれるなら俺としてもありがたい」
本心から出た言葉にエディは少し考えてニッコリと笑みを浮かべて答える。
「誰とパーティ組もうか悩んでたところだし、二人が良いならお誘いを受けよっかな」
「ありがとう。そういうわけだ。みんなには悪いと思っているが私たちはパーティを決めてしまった。あと一枠あるが私たちがこれ以上戦力を増やしては公平さに欠ける。クラスにはちょうど一人いない事だしリオン教諭に三人一組に出来ないが頼んでみるよ。だからまた今度機会があったら誘ってくれ。その時は快く引き受けよう」
決して相手に不快な思いをさせず、次回の約束を取り付けたロザリオ。クラスメイトも仕方ないかと思いつつ彼女たちから去った。
それにしても不良生徒ことユリウスは入学してからというもの一度も学院に来ていない。リオンも何か知っている様子でもなかったしいったいどこで何をしているのやら。
「さて、授業もあることだ、作戦会議は昼からにしよう。一限目は何だったか」
「魔法生物学だ。実技演習のための復習も考慮されているんだろう」
「あれか……。入学して数回しか受けていないが苦手なんだよな。あの教諭の授業」
「ロザリン、授業の時はいっつも頭から煙が出るくらい悩んでるよね」
「私は実技の方が力を存分に発揮できるんだ。まあ、嫌がっても逃げることは出来ないから頑張って理解できるように努力しよう……」
苦労しているロザリオを慰めながら講義を受けに教室へ移動した。




