#25 事件の行方
「チッ、裏路地に入ってしまったか」
舌打ちして眉をひそめるロザリオ。どことなく気が立っているようにも見える。
王都には多くの建物が密集している。その裏路地は迷宮のよう複雑な構造になっていることから建物同士の間から覗く通路は迷宮の入り口とも言える。
わざわざ自分から迷い込むと言うことは食い逃げ犯は裏路地の構造を熟知しているのだろう。
対して俺たちは裏路地の構造をよく知らない。
先程王都を散策している時に足を踏み入れたが案の定複雑な裏路地に困惑していた。運良く表通りに出れたのは良かったもののそれが無ければ店の前で待たされることはなかったかもしれない。
「仕方ない、私は上から探す。アルクは地上から頼む」
そう言うとロザリオは天を見上げ、建物を足場に軽やかに蹴り上がっていった。
身軽だなと思いつつもロザリオはそのまま建物の屋根を伝い食い逃げ犯を追いかける。
それじゃあ俺は地上から探すか。【ユグドラシルの枝】はあの食い逃げが通ったルートはわかる?
《契約者越しから得た逃走犯の魔力の特徴や地面の痕跡より既に足取りはついています》
流石だな。戦闘面だけでなくこういったところにまで有能な部分を見せてくれる。俺にはもったいないぐらいの相棒だ。
じゃあ早速だけど食い逃げが辿ったルートを随時教えてほしい。
《かしこまりました。ではまずそのまま直進し二つ目の角を右へ曲がってください。その次は──》
俺は【ユグドラシルの枝】の指示を聞きながら進んだ。
複雑な構造だが指示があれば何の苦労もすることはない。食い逃げ犯を視界に捉えるのにそう時間もかからなかった。
「見つけた!」
「ひっ!」
化物を見たような声をあげた男は一心不乱に走り続ける。
そして、光射す表通りへ出ようとした時、男の前に上空から一つの影が舞い降りた。
「貴様の悪行もここまでだ。大人しく私たちと一緒に来てもらおう。というか貴様のせいで昼食を食べ損ねているんだ。早く捕まれ!」
本音がだだ漏れのロザリオがそう言うと男は身を震わし彼女の方へ突っ込んだ。
ロザリオが冷静な判断で鞘に納めた剣を男へ突こうと思ったのだが、突然男の姿が目の前から消えたのである。
「なっ──」
それは神が男を味方しているかのような偶然から生まれた出来事だった。
ロザリオへ突っ込んだ男だったが、地面に転がっていた石に躓いて体勢を崩した。そのまま滑るように表通りに出れた。
端から見れば無様な姿であるが、それが男に齎されたロザリオの突きを躱す奇跡だった。
男は目をぱちくりとしていたがすぐに状況を理解したのか表通りを歩いていた母子のうち子供の首にナイフを向けて人質とした。
「きゃぁぁぁああ!!」
「うるせぇ、黙ってろ! お嬢ちゃんも死にたくなきゃ大人しくしてろよ。うっかり殺しちゃうかもしれないからな」
まさに外道。人質がいなければすぐにでも捕まえているのに。
娘の危機に悲鳴を上げる母親。恐怖のあまり涙を流す娘。周りの人間も男を刺激させないように必死だった。
そんな中、男はギロリと俺たちを見る。
「お前らもこのお嬢ちゃんを見殺しにしたくなきゃ5数える間に武器を捨てな。お前らの足元じゃなくちゃんとこっちに投げろよ。従わなかったら、わかるよな?」
興奮状態に陥っている男に歯向かっては何をするかわからない。男の言葉通りの結果が訪れるかもしれない。嫌でも俺たちは捨てざるを得なかった。
「そうだ、それで良い」
「……一つ、聞いてもいいか」
落とした武器に視線を移していた男にロザリオが問う。だが男は声を荒げて聞く耳を持たない。
「黙れッ! それ以上口を開くならこのガキの首を切り裂くぞ。いいか、これは脅しじゃない。俺たちは何人も人を殺しその都度奪ってきた。ガキ一人殺したところで何とも思わないんだよッ!」
男の言葉を聞いて、その仕事は組織された盗賊というのが妥当だろう。だが、仲間が隠れている気配もなく今は男一人だけだった。
「変な動きは見せんなよ。見せたらすぐにこのガキを殺す」
「う~ん、それは困っちゃうなぁ」
後退る男の後ろから不意に女性の声が聞こえた。
咄嗟に振り向くとそこにはゼムルディア王立学院の制服を着た一人の女子生徒が立っていた。
「なんだお前は!? いったい何処から──」
途端、彼女は男の前で手を大きく叩き、鼓膜を衝撃と破裂音で震わした。
それにたじろいだ男はナイフを落とす。それをハンカチを用いて奪い取った彼女はそのまま少女の身柄も確保した。
「女の子の無事を確認っと。もう大丈夫だよ。早くお母さんのところに行ってあげな」
「うん。ありがどうお姉ちゃん。おがあざぁん!!」
少女は恐怖を払拭するように母親へ抱きつき泣きじゃくった。その様子を見て安心する一同。
だがこれで解決したわけではない。
「さぁ、アルアル、ロザリン。可愛い子供を怖がらせたあんなクズ野郎、おもいっきりぶっ飛ばしちゃえ!!」
エディの言葉を聞くまでもなく俺たちは走り、投げ飛ばした武器を手に取ると男の身体に息を合わせた渾身の突きを放った。
男は表通りを弾むように転がっていく。
しかしこの程度で終わらせるつもりじゃない。
俺たちは追撃を始め、互いの武器が交差し首の動きを封じた。
「貴様もここまでのようだな」
今度はロザリオが鋭い目付きで食い逃げ犯を睨み付けた。
そして事態に駆けつけた衛兵が男の身柄が拘束された。こうして二人は食い逃げ犯の逃亡を阻止したのだった。
「エディ、助かったよ。ありがとう」
「そうだな、エディがいなければ今頃あの男は国外に逃亡してたかもしれない。それに約束を守るとも思えなかったしな」
「私も偶然居合わせた感じで、そこにアルアルとロザリンが居たんだもん。状況も何となく把握して手伝えることがないかなって行動しただけ」
「あの……」
三人に話しかけてきたのは男に捕まっていた少女と母親だった。彼女たちは頭を深く下げながら礼を言う。
「本当にありがとうございました。この恩は一生忘れません」
「頭をあげてください。娘さんを危険な目に遭わせてしまったのはもとを正せば俺たちの責任です」
「ああ、私が油断しなければ君に怖い思いをさせずに済んだのにな。本当にすまない」
そう言ってロザリオは少女の目線まで屈み頭を撫でた。
「ううん。お姉さんたち凄くかっこよかった。私もお姉さんたちみたいになれるかな?」
少女の質問にロザリオは迷わず答えた。
「なれるかどうかは私にもわからない。でも、なりたいっていう気持ちがあって沢山頑張れば結果は必ずついてくる。私もそうだったからな」
「じゃあ、私いっぱい頑張る。そして今度は私がお姉さんたちを守れるようになるんだ」
「そうか、なら期待して待ってるぞ」
ロザリオは笑顔で手を振り親子を送り出した。
この一件で少女を蝕む恐怖が心に植え付けられたかもしれないと思ったが心配する必要はなさそうだ。
「解決すると急に腹が減ってきた。エディも来るか? アルクの奢りだぞ」
「ほんと!? 行く行く。私まだお昼食べてないんだ」
「えっ!?」
「なんだ、文句があるのか? 今回の事件はエディが居て解決したと言ってもいい。だったら一番貢献した者には褒美をやらねばならないだろう」
「そうそう、アルアルも男の子なんだから女の子に食事を奢るぐらいの心の広さを持たなきゃ」
別にご飯を奢るぐらいならいい。だがロザリオが関わるとなるとまた違ってくる。
しかし俺に拒否権はなく、食い逃げ犯を捕まえた事もありお店側が割引してくれたが数時間後の俺の財布は空っぽになったのは言う迄もない。
ああ、今度リオンに小遣いを貰わなきゃな……。
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