#24 王都散策
いつものように朝の稽古を終えた俺は学院の校門前にて時間を潰していた。
「待たせたか?」
声をかけてきたのはロザリオだった。俺は訳あって彼女を待っていたのである。
「いや全然。待ってたのも数分程度だったし待ち合わせの時間もピッタリだよ」
「そうか。では行くとしよう」
そう言うとロザリオは機嫌が良いのか軽やかな足取りで街へ繰り出す。
今日はゼムルディア王立学院の創立記念日。学院の施設は自由に使えるが授業等は丸一日休みだ。
街へ買い物に出かける者、休みを効率よく使う者、修練場に籠って研鑽を磨き続ける者。各々好きなようにこの日を過ごすだろう。
リオンの影響もあるが、俺は朝稽古が終わっても一人で腕を磨こうと思っていた。その矢先、ロザリオから一緒に外出しようと提案されたのである。
ちなみに俺に断る理由はない。だが修行のための貴重な時間を削るなんて、一日中指南する気満々のリオンが許すのか。
なんて思ったがその心配は杞憂に終わりリオンもそこまで鬼ではなかった。むしろ友人関係を深めるのも大切だと朝稽古以降の修行は取り消しになった。
そういうわけで朝稽古が終了してから二時間後に校門前に集合して王都を散策することになったのである。
「リオン教諭は同行しないのか?」
「仕事があるって言ってたしね。それに生徒と教師が一緒に行動してたら誤解を招くかもしれないって。俺たちなら尚更だよね」
「偽りとはいえ公の場では姉弟だからな。特別扱いだの贔屓だの言いそうな生徒も居そうだ。そう考えれば妥当な判断か」
「そうそう。それより本当に行くの? ご飯なら学院の食堂で腹一杯食えば良いだろ」
実は以前、奢りをかけた勝負をしたのだ。
そして、俺は負けた。勝負事に強いロザリオだったはその時だけは何倍も強かった。
今からでも引き返したいと思いつつロザリオに問うがそれに対し人差し指を軽く横に振りながらロザリオは答える。
「違うんだよ、アルク。確かにおばちゃんが作る飯はタダだしうまい。だが、人の金で食う飯は格別にうまいんだ。それに君は女性と交わした約束を違えるしょうもない男なのかな?」
くるっと踵を引き返しにんまりとした笑顔で彼女は俺の顔を覗き込む。確かに彼女の言葉に思うところがあるが何も言い返せない。
「………ほどほどに頼むよ」
「さあ? それは私の胃袋次第だな」
その言葉が本当に怖い。
食に強い大男すら絶句しそうな彼女の食べっぷりを一度見ているのだ、ロザリオの胃袋は計り知れない。可愛いランチ程度で終わるなど叶わない願望だなと再び肩を落とした。
◆ ◆ ◆
あれから昼時になるまで王都の店を見たり、偶然見つけた道を歩いたりと時間を潰した。
そして訪れた店はレンガ造りで雰囲気の良い店だ。
事前情報によるとその店は王都では人気を誇る有名店なため昼頃には家族連れやカップルの客が多いとのこと。
それをわかっていたのにも関わらず運悪くそこに出くわしてしまうとは……。まあ、並ばなきゃ始まらないし大人しく並ぶことにしよう。
「もっと早めに来れば良かったね。ロザリオは店の中から食欲をそそる匂いで今にも死にそうなんじゃないか?」
「確かに空腹感を刺激する芳しい香りが鼻腔を突き抜けるが、空腹であればあるほど料理を堪能できる。ここはしばらく我慢しよう」
拳を握り苦悶に満ちた表情で言うロザリオに心底呆れた。そういう表情はもっと別の場面でするものではないか。
そう思いつつ俺も同情していた。食堂でしっかり朝食を取った俺も匂いだけで腹の音が鳴りそうなほどお腹が空いてきた。
「お二人は王立学院の生徒さんかね?」
不意に声をかけられたのは隣からだった。振り向くと後ろに並んでいた老夫婦が優しそうな表情で見つめていた。
「はい。先日入学したばかりで。今日は創立記念日なので街の方に遊びに来ようと」
「そうかいそうかい、新入生さんかい。それはおめでたいね。入学おめでとう。しっかりと学院生活を楽しむんだよ」
「ありがとうございます」
老夫婦からの激励に頭をペコリと下げる。ロザリオの方は……意識が店の方に向かっていて話にならない。
「すみません、連れがこんな奴で」
「いいんじゃよ。それよりそっちのお嬢さんは彼女さんかい。二人で一緒に昼食なんて仲睦まじいのう」
事あるごとに俺たちが恋人同士と間違えられるな。食堂のおばあちゃんもまだ勘違いしているような気もするし。
周りから見たらそんなにお似合いのカップルなのか? 今時男女二人で出かけるなんてよくあることだろ。
っと思ったが俺はオルガン家から出て1ヶ月も経っていないのだから今時というものを知らないな。
「俺たちは付き合ってるわけじゃないんですけど………お二方に比べれば俺たちもまだまだですよ。お二方は俺から見てもお互いのことをよく知っているように感じます。俺たちもお二方を見習おうと思いました」
「ははは、こりゃ一本取られたな」
「あらあら、お上手ね」
そう言って微笑む老夫婦。
そこから長い待ち時間も忘れてしまうほど話が弾み気がつけば、俺たちの番が回ってきた。
「お次のお客様は二名様でよろしいでしょうか」
店の制服を着たウエイトレスが質問するとロザリオが真っ先にコクリと頷く。
「かしこまりました。それでは席へご案内しますのでこちらへどうぞ」
丁寧な接客のもと、ロザリオが店内に入る。
「それではお先に失礼します」
老夫婦に一言告げ俺もロザリオに続き店内に入ろうとしたその時──
「食い逃げだ!!」
店員の声が響くと俺を突き飛ばすように一人の男が勢いよく出てきた。男は減速することなくそのまま走り去る。
「──ッ! アルク追うぞ!」
「もちろんそのつもりだけど、いいのか……? 結構な時間並んでせっかく順番が来たのに」
「私たちがあいつを追っても飯は逃げん! だがあいつは今も尚逃げ続けている。だったら優先すべき方は自ずと決まっているだろ」
先程まで食に飢えていた人間とはまるで別人だ。堂々とした立ち振舞いで答える。そんな彼女を見て差しのばされた手を取る。
「君ならそう言うと思ったよ。店員さん、食い逃げは俺たちが捕まえるので先にこちらのご夫婦を案内してください」
「わ、わかりました……」
「だ、大丈夫なのかい?」
老夫婦が心配そうに問うが俺は笑って返した。
「心配しなくても大丈夫ですよ……って言っても心配ですよね。でも俺たちはゼムルディア王立学院の優秀な生徒です。その誇りにかけて食い逃げを必ず捕まえて戻ってきますよ」
そう言っても心配してせっかくの料理も美味しく食べれないかもな。老夫婦のためにも早急に食い逃げ犯を捕まえなければ。
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