#20 兄と妹の夜会
目標であったブックマーク100件に到達しました。
登録していただいた皆様本当にありがとうございます。
まだの方も宜しければブックマークしていただけるとありがたいです。
午後9時。俺は第一修練場に足を運ぶ。
もう日が沈み、生徒たちは各々学生寮に戻っている。学生寮は点々と部屋の灯りが見え、ちょっとした幻想的な雰囲気を醸し出している。
修練場の奥へと進むとそこには真ん中で待っているカナリアさんと異議を申し立てているアリス、その後ろには決闘を観戦しようとリオンとロザリオ姿があった。
「なんでカナリア理事長がいるんですか! 私が立会人として頼んだ教師は?」
「彼には明日の講義に支障をきたすからという名目で私が代わりに引き受けることにしたよ。立会人が代わったところで君に不都合があるのかな?」
「い、いえ、そのようなことはありませんが……」
「だったら私が立会人をやっても構わないだろう。それに私の他にも優秀な者がいる。彼女たちに任せてもいいぞ」
アリスはカナリアさんが指を指した方を見る。
その時リオンと目が合ったようだが反射的に反らした。アリスは昔からリオンに苦手意識があったからな。
「大丈夫です。カナリア理事長にお願いします」
「ではアルク君も来たことだし始めるとしよう。両者準備はいいね」
俺とアリスは互いに武器を抜く。この場には空気がピリつくほどの緊張が走っていた。そんな中、カナリアさんは俺たちに一枚のコインを見せた。
「このコインを弾いて地面についた瞬間が開始の合図だ。その前に最後の確認だよ。この勝負で負けた者は勝った者の命令に従う。そこに例外は認められない」
「「はい」」
「よし。両者合意したわけだし負けたからって文句は言わないでよ。それじゃあ行くよ」
◆ ◆ ◆
キンッと高い金属音が響き、クルクルと回りながら宙を舞い、やがて最高点に達したコインはそのまま落下していく。
《契約者に警告。足元に多数の魔方陣が──》
突然の【ユグドラシルの枝】の報告だったが聞き遂げる前にコインが落下し地を弾む。その時には既に遅かった──。
「〝火炎爆発陣〟──ッ!!」
アリスが魔術の詠唱をした途端、俺の足元に幾何学模様の魔方陣が出現し回避する余裕もなく地面が爆発を起こした。
「設置型の爆発魔術スキル、しかも瞬時に使えるとは流石はオルガン家の令嬢と言ったところか。だが──この程度でアルク君を仕留めたとは思わない方がいいね」
刹那、土煙は【ユグドラシルの枝】の素振りによって生まれた風圧に消し飛ばされる。現れたのは煤で少し頬を黒くしたアルクだった。
「どうして……前だったら何も出来ずに倒れてただけだったのに傷一つないなんて……」
「追放されてから〝相棒〟のお陰で色々なスキルを手に入れてね。制服の効果もあるけど怪我してもすぐに回復できるようになったんだよ。それより魔法の威力が上がってる。アリスも頑張ってるんだな」
「──ッ! うるさい! あなたに褒められなくても私は天才なの。上から目線で言わないでッ!」
そう叫びアリスは魔術スキルを行使した。彼女の周りに魔方陣が浮かび上がり、そこから発射される魔法は全て属性が違う。鮮やかな色彩がアルクに襲い掛かる。
《対象の魔法は全てスキル〝四大属性魔術〟で打ち消すことが可能です。その場合、スキル〝形状変化〟を行使し、形状を杖に変化させ威力を増加させます》
迫り来る魔法に【ユグドラシルの枝】が冷静に提案し、それを採用したアルクはスキル〝形状変化〟を行使する。そして【ユグドラシルの枝】は剣から杖へと変わった。
魔術を使用するには条件が存在する。
それは魔術スキルを所持していること。
魔術スキルは所持していれば誰でも使える。しかし、逆を言えば魔術スキルを所持していなければどんなに努力したところで魔術を使えることはない。
そして魔術は大気中に存在する魔素を人体に吸収。それを魔力と呼ばれるエネルギーに体内で変換させ魔術の術式に組み込み、詠唱を行うことで初めて発動が可能となる。
詠唱をする理由としては発動後の魔術に明確なイメージを持つため。言霊というのは非常に影響力がある。言葉にすることではっきりと理解し綻びのない完璧な魔術が完成するのだ。
更に威力向上且つ効率良く魔術スキルを行使したい場合は杖を用いることが一番だ。杖は魔力が伝導しやすい素材を用いられているものが多いからである。
アルクは杖となった【ユグドラシルの枝】をアリスに向ける。
そして、アリスを真似るようにスキル〝四大属性魔術〟により魔方陣が出現、そこから発射された魔法は次々と相殺されていく。
ロザリオたちは的確に魔術を処理するアルクに流石の一言と頷く。だが、一人だけアルクが行ったことに驚きを隠せていなかった。
「……無詠唱………!?」
無詠唱または詠唱破棄──呼び方はいくらでもあるがアルクが見せたのは魔術師にとって難易度が高いものだった。
詠唱を必要としなくとも魔術は使用出来るが失敗する恐れがある。それをアルクは難なくこなした。
しかしアルクは魔術の才能は平凡。無詠唱などの高等技術は難しい。故にこれには仕掛けがある。
《火炎豪球、水冷破槍、風斬烈羽、岩鉱流球──》
アルクにはもう一つ自分とは別の脳と呼べるものがある。
そう、【ユグドラシルの枝】が魔術の発動をしているのだ。
つまりアルクはただ魔術を放ちたい方向に【ユグドラシルの枝】を向けて後は勝手に魔術を的確な位置に発動しているだけなのだ。
「アルクのやつ、多彩な魔術まで使えるとは。あの時は純粋な剣の勝負だったがまだまだ手の内を隠していそうだな」
ロザリオが不適な笑みを浮かべ呟く。アルクはいっそうロザリオの標的になっただろう。
アリスは目の前で起きた出来事に目を大きく開けて驚いていた。
「無詠唱もだけど、私と同等の魔術まで使えるなんて……。それもその【木の枝】が原因なの? どうしてそんな【木の枝】ごときが……」
「相棒はその辺の【木の枝】とは違って特別なんだよ。まあ、ちゃんと説明しても理解に苦しむだけだから説明は省くけどね。そんなことより次は俺から行くぞ」
そう宣言するとアルクはアリスの視界から姿を消した。
キョロキョロと探すアリスだが、勝負は既に決していた。その首に【ユグドラシルの枝】が突き立てられていたのである。
「い、いつの間に……」
「勝負アリだね」
純粋な力比べでは今のアルクにアリスが敵うわけない。
間に割り込んできたカナリアが武器を納めるように指示をする。アルクはすぐに武器を納めたがアリスは現実を受け止め切れない様子だった。
「君の負けだよ、アリス・オルガンさん」
「な、何かの間違いよ。私は負けて……」
「魔術師が剣士の間合いに入った時点で結果は目に見えている。これが命をかけた戦いでアルク君の武器が真剣だったら君の首はとうに斬り飛ばされているだろうね」
やっと現実を受け入れたアリスはショックのあまり膝をついて呻き声をあげている。
「さてと、それじゃあ約束の命令タイムだ。アルク君はアリスさんにどんな命令をするのかなぁ」
楽しそうにしているカナリアに対してアリスは不安な表情を浮かべていた。
自分が負けるなんて疑っていなかった。しかし、現実は違う。今立っているのは落ちこぼれ蔑んでいた兄であり、地についているのは彼女だ。
アルクはカナリアが良い性格しているなと溜め息をつきながら口を開く。
「約束だし命令には従ってもらうよ。アリス、今日はもう遅い。明日から授業があるんだから早く寮に戻って休むんだ」
「…………えっ?」
予想だにもしない命令にアリスはあっけらかんとしている。
「えぇ~、つまんないの。君が今まで受けてきた処遇はリオンさんから聞いているからもっと屈辱的な命令をすると思ってたのに」
「カナリアさんには俺がどんな風に見えるんですか。それとあなたは仮にも理事長なんだから生徒の前でそんな期待しないでください」
「ちぇっ」
「はい、もう解散。俺は疲れたから寮に戻る」
そう言ってアルクは第一修練場を去った。
「アルク様がお優しい方で良かったですね。私であれば理事長の言うような教育を施すつもりでしたが」
「なんであいつは私に何もしないのよ。私はずっと──」
「アルク様はオルガン家を追放されたとしてもアリス様は自分の可愛い妹と思っているんですよ。アリス様もくだらない理由でオルガン家に縛られず自分の気持ちに素直になってみてはいかがですか?」
リオンはそう言い残してアルクを追いかけた。
こうしてアルクとアリスの決闘は終わったのである。




