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「相性で思い出したんだけどさ」


一時間ほど経過し、如月も落ち着いたと思ったところで、急に何かを思いついたらしかった。


「何の話ですか?」


またハンバーガーの話だろうか、と耳を傾けたが、どうやら違うらしい。


「この前、浮気調査の仕事あったよね。そのとき、依頼人の奥さんが、旦那と自分の関係について、何度も相性が悪かった…って言ってなかった?」


「えーっと、正確には旦那さんの方から一方的に、相性が悪いと言われ、別れを仄めかされていた、という感じです」


「そうそう。相性がどうだったのか、実際のところは、分からないよね。浮気相手の方に入れ込んだ結果、奥さんとの関係を相性が悪いという言葉で片付けようとしたのかもしれないわけだし。まぁ、そんな真実は別として、旦那との相性について、奥さんの方はどう感じていたのだろう。奥さんも、自分と旦那の相性は悪いものだ、って思っていたのかな」


「話を聞いている限りでは、そういうわけではない、と思います。少なくとも、奥さんは旦那さんを愛していたし、そんなことを言われるまで、愛されていると思っていたみたいです」


「じゃあ、旦那の方が合わせていたのかな、奥さんに」


「うーん。そうかもしれないですね。良い旦那を演じることに疲れて、羽目を外してしまったのかもしれません」


「でもさ、旦那さんはそれまで、本心を隠してでも奥さんに愛されたいと思って演じていた、ということになるよね」


「……確かに」


「本当の自分を曲げてまで、愛されたいと願うなんて、それこそ強い愛情に思えるけど」


「うーん…だから、相性なんじゃないですか。どんなに好きだったとしても、相性が悪ければ関係がこじれてしまうわけですよ」


「じゃあ、君は凄い好きな人がいたとして、その人と相性が悪いと気付いてしまったら、どうするの?」


新藤にとってその質問は、嫌なラインをなぞられるような、絶妙なものだった。


「それは…相手に合せるように、努力しますよ」


「努力しても、君の本質は変わらないだろう。合わせることに限界がきたら、どうするの?」


「話し合います。お互いが歩み寄れば、きっと解決します」


「でも、相手は譲らないよ?」


「どうして?」


「その相手は、君と相性が悪そうな、強情で頑固な女だから」


「……もう、この話はやめにしませんか?」


これ以上続けても、如月は譲らない。新藤がどれだけ解決案を出したとしても、否定し続けることだろう。


強情で頑固で自分勝手な女。それは如月のことだ。だから、新藤はこの話を続けたくないし、聞きたくもなかった。


そんな気持ちを無視して、如月は続ける。


「だからと言ってさ、相性とか無視して、自分を押し付けるっていうのも、違うわけじゃん。それは、もう暴力に近い何かだよ。ということは…人の想いは相性の前に、打ちのめされてしまう場合がある。そんな相性を乗り越えて、誰かを自分のものにしたい、と思ったとき…人はどうするべきなんだろう」


「……何か答えがあるんですか?」


「ない。ただ、人はどうしようもない何かが壁となって、それが原因で狂ってしまうこともあるんじゃないか、って話」


「……そうですね」


「結局は巡り合わせでしかない。これも相性と一緒で、どうしようもないことだ。本当、理不尽だよね」


如月がこんな話をするのは、珍しいことではない。突然、人の想いについて語り出し、どこか憂鬱そうな表情をするのだ。その度に新藤は、如月は誰かに想いを馳せているのだろうか、と気になるのだが…それは何だか恐ろしくて聞けなかった。




階段を上がる音が聞こえ、自然と会話は終わった。如月も新藤も、耳を澄ませる。もしかしたら、下のフロアを使っている会社の人間が、休憩のため屋上に向かっているだけかもしれない。しかし、足音は三階で止まった。


そして、躊躇うように事務所の前で立ち止まっているようだ。新藤は気配を消す。ここで妙な音を立ててしまったら、不審に思われて、立ち去られてしまうかもしれない、と思ったのだ。その些細な気遣いが功を奏したのか、事務所のドアが開かれた。


「こ、こんにちは」


恐る恐るといった様子で中を覗き込んだのは、若い女性だ。女子大生だろうか。


「こんにちは! 何かご相談でしょうか?」


新藤が早々と立ち上がるが、如月は急に大人びた表情で澄ましている。新藤が女性を事務所の中に招き入れ、応接用のソファに座らせてから、コーヒーを用意した。


「それで、今回はどのようなご相談でしょうか?」


「あの…こちらは、不思議な事件を取り扱う探偵さんだとお聞きしたのですが」


戸惑うような女性の言葉に、新藤の目付きが変わる。


「はい。僕たちは不思議な力が絡んだ事件の解決も請け負っています」


新藤の言葉に、女性は目を見開いた。その感情は期待だったのだろうか。きっと、一縷の望み抱く気持ちで、ここを探していたのかもしれない、と新藤は思った。


「あの、友達を…助けて欲しいんです」


「友達、ですか?」


「はい。大学の友達…陽菜ちゃんと孝弘くんを、助けて欲しいんです!」


成瀬からの電話のあとに入る依頼は重たい。新藤はそれが証明されてしまう気がしていた。

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