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オフィス街として賑わう駅から、それほど離れていない場所。思わず築年数を確認したくなるような古いビル…等々力ビルがある。目の前にすると、その薄暗い雰囲気から、きっと会社名を出せないような企業ばかりが入っているのだろう…と思いがちだが、三階のオフィスだけは、窓に堂々とその名が示していた。


如月探偵事務所。


しかし、殆どの人はこの古めかしいビルを見上げることなく、探偵事務所があるなんて思いもしないだろう。そんな等々力ビルの階段を昇り、三階まで向かうスーツ姿の男が一人。彼は、いかにも怪しい探偵事務所に調査依頼を出そうとしているのではない。むしろ、ここのスタッフ…新藤晴人である。新藤はビニール袋を両手に下げ、どこか不服そうな顔をしたまま、如月探偵事務所の扉を開けた。


「戻りましたー」


「おー、お帰り」


出迎えたのは、如月葵。奇抜な赤い髪をした女だが、その名の通り、この探偵事務所の主だ。


「待っていたよー。待ち遠しくて震えていたよ。さぁ、早くブツを私の前に!」


はしゃぐ如月に対し、新藤は大きな溜め息を吐く。


「僕、それなりに忙しかったんですよ。暇そうな如月さんが買って来れば良かったじゃないですか」


「何を言う。こう見えて私は何かと忙しいんだよ。私は君が見ていないところで凄く働いているんだ。それなのに誰にも理解してもらえなくて、いつも苦しい思いをしている。誰かに労いの言葉をかけてもらいたいが、私の唯一の同僚であり、部下である新藤くんは、いつも暇そうだとしか言ってくれない。泣きそうなんだよ、本当は。だから、自分を癒したくてハンバーガーの一つでも食べたいと希望を言っただけなのに。君はそれすらも許してくれないのか」


「別にハンバーガーを食べるな、とは言ってませんよ。ただですね…」


新藤はビニール袋の中の紙袋を取り出し、そこからハンバーガーを取り出した。


「もう一度言っておきますけど、絶対にこの新商品…如月さんの好みではありませんから」


駅前のハンバーガーショップは月に一回、新作のハンバーガーや期間限定のメニューを出す。今回の新作は、イチゴとマンゴーを使い、さらに相性も想像できないアボカドまで挟まれたバーガーである。


「おおお、これこれ。いつもテレビで流れてくるものだから気になっていたんだよ」


「如月さんって…甘いもの苦手でしたよね?」


「新作のスイーツが流行っていると聞いたら、試さずにいられないのが女子の宿命。好みだとか何だかとか、そういう話はどうでも良いんだよ」


「女子ですか…」


五分後。如月は青ざめた顔で新藤を睨み付けた。


「…なぜ、僕のせいだと言わんばかりの目で、こちらを見ているのですか?」


「美味しくなかった。でも、残すのは良くないから…全部食べたんだ。具合悪い」


「だから言ったじゃないですか。如月さんの好みではないって」


「そう思うなら、どうしてもっと強く止めてくれなかったの? 君が絶対と言えば、私は食べなかったはずだ」


「絶対って…十回くらいは言いましたけどね」


如月が新作バーガーの話題を出したとき、食べたいと言い出したとき、新藤が買いに行かされるとき、如月が口にする前。新藤は確かに、絶対と言った。それでも、ただ目の前の欲望に流されたのは如月である。


「僕から見ても、胸やけしそうなくらい甘そうなハンバーガーだったのに、どうして食べようと思ったのですか?」


「分からない。今となっては、何も分からない。でも、あのときは食べたくて仕方なかったんだ。どうして、あんな不味いもの…」


口元を抑える如月を見て、新藤は袋でも用意した方が良いのだろうか、と迷った。だが、持ち堪えたらしい如月は、反省した様子で言った。


「いや、不味いと言うのは失礼なことか。大企業が胸を張って出した商品だ。ある程度の評価と見込みがあったからこそ、売り出したに違いない。私一人の感覚で不味いと言ってしまうのは失礼だよね…」


「では、どういう評価になるのですか?」


「……私には合わなかった。そう、相性の問題だ。相性が良い人間からすれば、絶品スイーツだったかもしれない」


「そうですか…」


新藤が仕事に戻ろうと、デスクの前で腰を下ろすと、電話が鳴った。


「もしもし、如月探偵事務所です」


「やぁ、新藤くんかい? 葵さんはいる?」


依頼を期待し電話を取った新藤だが、相手は公安部異能対策課の成瀬だった。


「いますけど…今ちょっと具合が悪いみたいで。用件なら僕が聞きますよ」


「あー、葵さんの声が聞きたかったのに。君としか話せないのか。まぁ、時間がないし、仕方ない。いや、用件ってほどでもないけれどね。最近、異能犯罪が多発しているようだから、そっちでも何か妙な依頼は来ていないかな、ってね」


「今のところは静かですけど」


「オッケー。それなら良い。もし、依頼があっても、こっちの邪魔はしないでくれよ。それじゃ」


電話が切れた。


「なんだったー?」


と如月は低い声で確認してくる。


「成瀬さんです。最近、事件が多いから、バッティングしても邪魔するな、ということです」


「ふーん…何だか嫌な予感がするね」


「確かに。成瀬さんからこういう電話があった後って、大体は重たい仕事が舞い込む気が…」


二人は黙り込んで、過去にあった事件を思い返す。確かに、成瀬から電話があったあと、何かと苦労があった気がした。

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