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哲也と戦った波止場の近くを新藤は歩いていた。


あれだけ荒れ狂うように異能を振るった哲也だったが、彼がこの後、どのように生きるのか、少しだけ不安だった。どうせなら、異能が目覚めたことなんて、すべて忘れてしまった方が、彼にとって良いのではないか、と想像する。


「探偵さん?」


背後から呼びかけられた。その声に心当たりはないが、周辺には自分一人しかいないし、自分の職業は探偵なのだから、きっと自分のことだろう、と新藤は振り返る。


そこには一人の女が立っていた。長い黒い髪に、白いワンピースを着た女は、異様に肌が白く、太陽の光を反射するかのようだった。


誰だろうか。どこかで見たことがあるが、思い出せなかった。


「あの…この前、学校で会った…」


女が照れ臭そうに言った「学校」というワードで、あのとき会った女性の教師だ、と新藤は思い当たった。


「あ、その節はどうも」


「いえ。探偵さんは、どうしてここに?」


「知人の見舞いと、哲也くんの様子を見に来たんです。先生も哲也くんの?」


「そんなところです」


そのまま会釈を交わして別れるとばかり思ったが、その女性教師は新藤の隣に立ち、静かに微笑みながら水平線の方へ視線を向けた。


「哲也くんは、立ち直ることができると思いますか?」


突然、そんなことを尋ねられ、新藤は少し驚いたが、次の瞬間には真面目にその問いについて考えた。


「分かりません。彼はせっかく手に入れた自信を失ってしまったみたいなんです。あの年齢の少年にとっては、あまりに大きな挫折だと思います。そして、それを奪ってしまったのは、僕です」


この女性がどこまで事情を把握しているかは分からない。だが、新藤はできるだけ伝わるような言葉を選んで、できるだけ素直な気持ちを口にした。自分でもなぜこれだけ正直に自分の心の内を話しているのか分からないが、自分には関係ない人間の方が返って話しやすいということはあるだろう。新藤は続けて話す。


「彼を母親の元に無事な状態で帰す。それが仕事だったとは言え、やはり後味が悪くて…。彼の自信を奪うことなく、すべてを解決する方法はなかったのか…。それができていたら、彼が立ち直るのは、少し早かったのかも…とか、そんなことを考えてしまいます」


「確かに…彼の自信を奪う必要は、なかったかもしれませんね」


「やっぱり…そう思いますか?」


苦笑いを浮かべる新藤に、女性は遠慮がちに頷く。


「自信というものは、やはりその人間の個性や才能だと私は思います。それが自信と変化するということは、それらが抑圧から解放された瞬間だということです。それは、鳥の雛が初めて青空に飛び立つ瞬間と同じではないでしょうか。それを妨げられてしまったら、雛はもしかしたら、一生空を羽ばたくことはできないかもしれない」


新藤は返す言葉がなかった。その通りだ。新藤は如月に協力して、何度も異能者から異能を奪ってきた。多くはそれが正しいと思える状況だったが、今回のように時々苦い思いを味わうことがある。その後味の悪さは言葉にできるものではなかったが、今目の前にいる女性の発言が、まさにそれだったのかもしれない。


「どうすれば良かったのでしょう?」


新藤が過去の選択に頭を悩ませるとき、こうして如月に答えを聞くことがある。如月の他に、こんな風に質問をしたことはなかったのに、自然と聞いてしまった。


「正しく導く。それだけで良かったのではないでしょうか」


「……僕にできたのかな」


「できたと思いますよ。少しお話をした程度ですが、私は貴方が優しく正しい人間であるように感じます。きっと、彼を導けるのではないでしょうか」


「いや…僕には無理ですよ。彼とは最初から最後まで意見が食い違ったままだったので。それに、僕自身も上司に怒られてばっかりの人間ですしね。一人で仕事を完遂できない人間では、誰かを導くなんて、到底できません」


「誰でも一人で何でもできませんよ。その上司の方だって貴方に支えられているはずです。哲也くんにも、誰かに頼ること、頼られることを教えてあげれば、また違った道を彼自身で見い出すかもしれませんよ」


そう言われてみると、そうなのかもしれない。自分は何となく、哲也は自分が手を差し伸べなければ、誰にも助けを求められない、と決めつけていた。彼だって助けを求める方法を覚えれば、すぐ近くにいる誰かに正しい方向へ導かれるかもしれない。


「…はぁ、流石は先生ですね。やはり貴方のような方が、子供たちを導いてあげるべきなんでしょうね」


「そうなれたら、嬉しいです」


「いえ、きっとそうですよ。どうか、哲也くんを見てあげてください」


こんな大人が傍にいるなら、きっと哲也は立ち直れる。新藤はそう確信したが、彼女は首を横に振った。


「私は彼の傍を離れるので」


転任だろうか。それは仕方のないことだ。少しだけ肩を落とした新藤に、彼女は言う。


「それに私たちが想像もしない誰かが、彼を引っ張り上げてくれることだってあります。逆に、想像もしないきっかけで、彼自身が誰かに教えを乞おうと積極的になるかもしれません」


「あー、確かに。そうですね。僕みたいな人間が心配するのは、彼に失礼かもしれないです」


そうだ、ちょっと強引な誰かが、哲也を立ち上がらせてくれる可能性だってある。彼はまだ子供だ。選択肢は無限のように広がっているだろう。


如月から連絡が入った。昼食にうどんを買ってこい、とのことだった。風邪気味のときは、うどんが一番だ、と朝から騒いでいたのを思い出す。如月の腹を空かせたままにしておくと、後が面倒だ。すぐに帰るべきだろう。


「すみません。上司に呼び出されたので、僕はここで」


「はい。またお会いできる日を楽しみにしています」


その女性と別れ、車に乗り込んでから、考えた。不思議な女性だった、と。また会える日を楽しみしている、と言っていたが、再会することはないだろう。彼女は転任するらしいし、きっと異能とは無縁の人生を送るに違いないだろうから。


そんな風に考えた新藤は、彼女の印象を頭の中に止めることはなかった。ここで新藤が彼女の印象を頭に刻んでいれば、その後の運命は少し違ったものになったかもしれないが…それは誰も知り得ることのない話であった。

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