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一週間後。乱条の目の前には哲也が座っていた。猛獣を前にしているかのように、彼は縮こまっている。それも仕方ないだろう。つい昨日まで、乱条は入院していた。もちろん、原因は哲也の異能によって痛い目を見たからだ。その恨みもあって、乱条の目付きは悪く、哲也はまさに蛇に睨まれた蛙の状態なのだ。


「なぁ、お前…本当に覚えていないのか?」


乱条の言葉に哲也は肩を震わせた。乱条は異能対策課のオフィスで、哲也を相手に一時間近く事件について質問を続けているのだが、彼は何も覚えてないの一点張りなのである。


「お前がさ、このあたしをぶっ飛ばして、転がして、瀕死状態にしたんだぜ?」


肩を窄める哲也は、まだまだ沈黙を続けると思われたが、やっと口を開いた。


「あ、あの…僕は」


「お、何だ?」


乱条は最初、自分を痛め付けてくれたガキに、どれだけ説教してやるか、ということばかり考えていたが、流石に一時間も黙られ、やっと口を開いたとなると、何を喋るのかということの方が興味深かった。震えた声で哲也は言う。


「ぼ、僕は運動神経も悪いし、喧嘩なんて無理です。それに、どちらかと言うと、イジメられているので…お、お姉さんを殴るなんて、絶対に無理です」


「……殴るねぇ」


哲也は乱条を殴ったのではない。ただ、念じただけだ。


「それじゃあ、少し休憩だ。ちょっと待ってろ」


乱条は席を外し、取調室を一度出た。外では成瀬が新聞を読みながら、コーヒーを口にしていた。


「成瀬さん、これはダメですよ」


乱条は声をかけながら、成瀬の隣に座る。成瀬は新聞から目を離し、乱条を一瞥したがすぐに視線を戻してしまう。乱条は続けた。


「あいつの親が言う通りだ。ここ一週間の記憶はないらしい。あのガキ、魔法使いにでも騙されていたんじゃないですかね?」


「そんなワケねぇだろ、この愚図が。お前の子供の扱いがなっていないだけだろう。吠えてばかりいるから、子供も黙っちまうんだ」


「でも、本当に何も覚えてなさそうですよ。あいつ、あたしをぶっ飛ばした時とは、まるで別人です。自分は神様だって顔していたのに、今は小型犬よりも怯えてます。これ以上聞いても、無駄な気がしますよ?」


「うるせぇなぁ。お前はすぐに無理って決めるから、何事も上手く行かねぇんだよ」


「じゃあ、成瀬さん…手本見せてくださいよ」


「馬鹿言うな。あんなガキから話を聞き出せない役立たずなら、お前は後一ヵ月くらい入院してくれば良かったんだよ」


成瀬の無表情な皮肉は、普段の乱条であれば肩を落とすところだが、今日はなぜか口元に笑みを浮かべていた。


「なんだ?」


と成瀬は目付きを鋭くして低い声を出す。


「なんでもないっす。じゃあ、もう少し話聞いてみますよ」


乱条は成瀬の鋭い視線を背に受けながら、取調室に戻った。哲也はやはり緊張に固まったままだ。


「よーし、それじゃあ、さっきの続きだ。お前のここ一週間の行動、覚えている限り話せ」


そう言いながら、乱条は先程の成瀬の視線を思い出し…つい笑みが零れてしまった。哲也も強面の女が急にニヤけるため、怪訝そうに眉を寄せた。その視線に気付いた乱条は、楽し気に言った。


「あー? 何か良いことあったのか、って聞きたそうだな。あったんだよ。まぁ、生きているとな、良いことあるもんだぜ」


「……ありませんよ。僕なんて、死んだ方が良いんです」


またも俯いてしまった哲也を見て、乱条の顔から笑顔が消えて行く。


「そうか、お前…イジメられて色々嫌になっちまってるんだろ?」


哲也は頷いた。


「僕は人が嫌いです。みんな…悪いやつなんです。平気で人を傷付けるし裏切るし踏みにじる。僕は…もう生きていたくありません」


「……なるほどなぁ。じゃあよ、あたしが良いこと教えてやる。お前のことを傷付け裏切って踏みにじってきたやつらを見返す、良い方法だ」


哲也は興味を引かれたのか、ゆっくりと顔を上げる。そこには期待と不審が入り交じっていた。そんな哲也を笑うように、乱条は言うのであった。


「強くなるんだよ。いざとなったら、そんなやつら、ぶん殴って言いなりにしちまうくらい強くなるんだ。まぁ、それだけ強くなったら、そんなやつらのことなんて、どうでも良くなるだろうけどな」


哲也はまた目線を落としてしまう。期待外れだったのだ。


「僕には…無理です」


「無理じゃねぇよ。その気になれば、一週間でその辺のやつらよりは強くなる。もちろん、このあたしが稽古をつけてやったらの話だけどな」


それから、毎朝のように哲也は近所の公園に向かうことになった。行かなければ、乱条が家までやってきて、ドアを叩くのだから、顔を出さなければならなかった。そしたら最後、公園まで引きずられ、特訓の始まりだ。


だが…一週間もすると、哲也にとってそれは悪くない習慣になった。できないことが、できるようになるのは楽しかったし、乱条は思いのほか教え上手だった。彼は少しずつ自信をつけ、一カ月後には空手の小学生大会に出ることになった。結果はもちろん……。


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