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16

哲也は胸が焼けるような感覚を覚えるまで走った。


もう誰かの言いなりになるのは嫌だった。一方的に暴力を振られることも嫌だった。


哲也は自分がどれだけ弱々しい存在なのか理解している。力を失った自分なんかは、本当に取るに足らない存在であることを。


だから、とにかく逃げた。

走れなくなってから、やっと自分がどこにいるのか確認しようと思い当たった。


どうやら、担任の教師が住むマンションからそれほど離れていない場所にある公園の付近らしい。道を照らす街灯を見上げ、念じてみると、それは粉々に割れた。


その様子を見て、安心する。

本当に赤い髪の女の影響で力が使えなくなっただけで、失われたわけではないのだ、と。


「危なかったですね」


声をかけられ、追手に見つかったのでは、と慌てて後ろを振り向いたが、そこに立っていたのは野上だった。


「見ていたんだね」


「心配でしたので」


「赤い髪の人の話…本当だったよ」


「はい。彼女の前では、私たちは無力です。そして、彼女は貴方を追っています」


哲也は歯を食い縛る。

あんな女がいるなんて信じられない。


もし、あの女に触れられてしまったら、能力が失われるらしいではないか。


それだけは絶対に嫌だ。

これからは、自分が好きなようにやるんだ。誰にも逆らわせない。気に入らないやつは、誰だろうと捻り潰してやるのだ。それが、こんな数日で終わってしまうなんて。


哲也の頭に血が昇り、何でも良いから破壊してやりたくなった。周辺にある街灯、ゴミ箱、閉まった売店の窓、なんだろうが構わず、八つ当たりで力をぶつけた。ガラスやアスファルト、木材など、哲也の周辺に存在する様々な物質が砕け散った。


破壊の手応えを感じると、少しだけ落ち着く。近くに立っていた、野上まで吹き飛ばしてしまったかもしれない、と思ったが彼女は平然とそこに立っていた。


それどころか、塵一つ彼女には付いていない。むしろ、すべての物質が彼女を避けているようにも見えた。


「気が済みましたか?」


笑顔で問う野上に、哲也は何だか決まりが悪いような感覚を覚える。


「別に」


「能力を失いたくないのであれば…私と来ませんか?」


「……僕はまだやることがあるから。一晩だけ待ってよ」


哲也のやること。

それはこの街への復讐だ。この一晩でそれをやり終える予定なのだ。


「そうですか。できれば、この街を壊すなんてことは、やめてもらいたいのですが」


「それはダメだ。僕は絶対にやる。絶対に止めないでよ?」


哲也は彼女を睨み付ける。不気味な存在ではあるが、力を封じられるようなことはない。もし、彼女が自分を止めようとするのなら、排除は簡単だ。


「私には止められませんから」


どうやら、野上はその辺を弁えているらしい。


「私にとって、一番困ることは…貴方が力を失ってしまうことです。少し、おまじないをかけさせてください」


「おまじない?」


「こちらへ」


そう言って、野上は手を差し出した。手が届くところまで寄って来い、という意味らしい。哲也は恐る恐るではあったが、彼女のすぐ目の前まで近づいた。野上は白い手の平を伸ばすと、哲也の頭の上にそれを置いた。すっと冷たい何かが、頭の中に入り込んでき感覚があった。


「これで大丈夫です」と野上は手を離す。


哲也は説明を求めるつもりで彼女の顔を見上げた。


「赤い髪の女は、自分を中心とした半径二十メートル程度であれば、異能者たちの能力を一時的に使用不能にします。しかし、貴方は彼女に近付いても能力を使えるようにしました。ただし、数秒経過したら、彼女にそれを打ち破られてしまいます。彼女に近付かれたら、能力を使って確実に仕留めることをお勧めします」


「信じて良いの…?」


「信じてください。私は貴方を必要としています。決してその力を奪われないよう、注意してくださいね」


「……分かった」


「それでは、明日の朝、またお迎えにきますね」


「うん。ああ、でも…それまではこの街の外にいた方が良いよ。これから、とんでもないことになるから」


「ありがとうございます」


野上は暗闇に溶け込むように消えて行った。哲也は一人歩き出す。


目的の場所は決まっていた。彼は暫く歩いて、街の最果てとも言えるような海まで出た。そこには、海上に突き出た細長い通路、波止場があった。


哲也はその先端まで移動し、海を暫く眺めた後、振り返って自分が歩いてきた道を確認した。細長い通路が真っ直ぐ伸びて、両端は海に挟まている。


ここであれば、誰か近付いてきても、すぐに分かる。赤い髪の女が近付いてきたとしても、二十メートル以内に入られる前に、力をぶつけてやれば良い。


哲也は空を見上げた。

これから、とんでもないことが起こる。


見たことのないような大きな嵐が街を襲い、聞いたこともないようないくつもの雷鳴が轟くだろう。


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