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13

哲也は一暴れしてから、アジトとしている廃ビルに戻ってきた。


存分に力を使ったばかりだが、なぜか怒りが収まらなかった。なぜ、これほどまでに気分が落ち着かないのか…と。


ここ数時間の出来事を振り返ってみると、怒りが収まらない理由に辿り着いた。頭の中に浮かんだのは、あの教師だ。地面に這いつくばらせ、殴られているところを眺めたものの、自身で痛め付けてやることはなかった。不完全燃焼である。


思い当たると、すぐにでも教師の家へ向かおうと決めた。幸い、教師の家がどこにあるかは知っている。ここからも、そう遠くはない。


早速、と哲也は腰を上げようとしたが、どこか体が重たかった。


「少し疲れているのでは?」


突然、声がして哲也の心臓が飛び跳ねた。誰もいないはずの廃ビルに、いつの間にか侵入し、自分のすぐ目の前まで、人が接近しているとは思いもしなかった。


顔を上げると、そこには白いワンピースに、長い黒髪の女が立っていた。一瞬、幽霊ではないかと思うような外見ではあるが、哲也はその女の顔を、以前見ていた。


「……えっと」


名前を思い出そうとする哲也に、女は微笑みを見せた。


「野上です」と短く名乗る。


「あ、うん。そうだ、野上さんだった」


「調子はどうですか?」


「最高だよ、王様にでもなったみたい。野上さんのおかげ…なのかな」


謎の女…野上は首を横に振った。


「いいえ。元から貴方に才能があっただけのことです」


「そう」


野上は不思議な女だ。

この女に頭を触れられてから、力を自在に操れるようになった。


それどころか、少しずつ力が増しているのを感じるくらいだ。野上は否定するが、どう考えても彼女の力によるものだ。


だとしたら…と哲也は考える。彼女が特別な力を持っているのだとしたら、自分以外にも特別な才能を持っている人間がいるということになるのだろうか。哲也がそれを問おうと口を開きかけたが、先に野上が言った。


「次は何をする予定なのですか?」


「……そうだね。学校の先生をちょっとイジメたら、この街を滅茶苦茶にしてやるつもり」


哲也は得意げに言って、野上を驚かせるつもりだったが、彼女は顔色を変えることはない。


「その後は?」


「うーん。どうしよう、何も考えてないや」


「そうですか。もし、よろしければ…街を滅茶苦茶にすることは辞めて、私と一緒に来ませんか?」


意外な提案を聞いて、哲也は心の中で「そういうことか」と呟く。


彼女は自分に力を与えた代わりに、何らかの見返りを求めているらしい。こんな異常な力を与えたのだ。彼女の目的は想像を絶するものに違いあるまい。


「一緒に行くって? 野上さんの目的は?」


「この世界の解放です」


野上は笑顔で答える。

まるで、詩の一節でも口ずさむように。


しかし、あまりに意味不明で現実的ではない言葉は、哲也の表情を曇らせた。ただ理解できないだけでなく、野上の笑顔は美しく不気味だ。目の前にいるのに、それが現実ではないような感覚があるのだ。


「野上さんは、僕が街を滅茶苦茶にすることに反対なの?」


「はい」


「じゃあ、止めてみる?」


「……いえ。私では止められませんから」


「ふーん」


何かとんでもない力を持っていそうな野上だが、哲也を上回る何かがあるわけではないらしい。


「僕は取り敢えず、この街に復讐することしか考えられないかな。それが済んだら、野上さんの手伝いをしても良いよ。それまでは邪魔しないでね」


目的が済んでしまったら、特にやることはない。だとしたら、この底知れない女の手伝いをして、自分の力を存分に振るうのも良いかもしれない。野上は哲也の回答に理解を示したのか、深々と頷いた。


「そうですか。では、終わったらまた声をかけさせてもらいますね」


そう言って野上は背中を向けた。そのまま哲也のもとから去るかと思ったが、何か思い当たったのか足を止め、振り返って哲也を見た。


「そうでした、一つ…お伝えすることがありました」


「なに?」


「赤い髪の女が現れたら…気を付けてください。その女に近付かれたら、貴方の力は使えなくなります。触れられたりでもしたら、その力を失い、二度と使えなくなるかもしれません」


「……へぇ」


「貴重な才能が失われてしまったら、この世界にとって大きな損失です。だから、赤い髪の女を見たら、絶対に逃げてください」


「その人、野上さんの知り合いなの?」


哲也の質問に、野上はただ黙っている。その表情は笑顔を浮かべているだけだが、哲也はこれ以上聞くべきではない、と判断した。


「分かった。覚えておくよ」


そう言いながら、哲也は不敵な笑みを浮かべていた。


「それでは」と言って、野上は今度こそ去ってしまった。


野上が消えてから、哲也は考える。やはり自分以外にも、そういう力を持った人間がいるのだ。だとしても、哲也にとって怖れるには足りない。すべては、自分の力で潰してやるだけだ。


そして、野上が口にした「赤い髪の女」という人物に、哲也は心当たりがあった。いつだか、沢木と出会ったあの場所で、声をかけてきた女だ。


赤い髪の女は、哲也のことを高く評価しているようだった。でも、野上の言葉を聞く限り、自分にとっては敵となる存在らしい。


本当に信じられないやつばかりだ。野上の言う通り、目の前に現れるのなら、復讐してやった方が良いかもしれない。


今度こそ、哲也は腰を上げた。

先程のような、体が重たい感じはない。


また暴れてやろう。

この街のすべての人間が絶望し、他人を大切にしなかったことを後悔するだろうと思うと、笑いを止められなかった。

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