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新藤は早速、志水哲也が通う学校へ向かった。
依頼人が学校に話を通してくれたのか、新藤は簡単に彼の担任に会うことができた。哲也の担任は、スポーツマン風の堂々とした、三十代前後の男性だった。しかし、新藤が
「哲也くんのことでお聞きしたいのですが」
と口にすると目が泳いだので、見たままの人間ではないのだろう、と感じられた。
新藤は、自分に特別と言えるほどの洞察力があるというわけではない、と自覚しているが、この男の表情はあからさまだ。哲也について何かあったのだろう、と察する方が自然なほどに。良く言えば素直なのかもしれないが、悪く言えば意図せず他人を傷付けるタイプなのだろう。
「彼が失踪してしまった理由に、何か心当たりはありますか?」
単刀直入に聞いてみたが、教師は首を横に振る。
「失踪も何も…今日も学校に来ていましたので、哲也くんのお母さんからお話を聞いて、ただびっくりしている、という状況です」
「なるほど。では、失踪してしまうような気配もなかったのですか?」
「はい、とても大人しい生徒なので、特に問題はなかったかのように見えました」
教師の返答は早いが、酷く狼狽えているのは確かだ。その証拠に額は汗が浮いているし、新藤と目が合っても不自然に逸らすことが多い。
「あの…僕は警察ではありませんし、教育の現場を調査してどこかに報告するわけではありません。哲也くんを見付けさえすれば、先生から聞いたことを誰かに話すこともありません。だから、安心してお話しいただけないでしょうか」
「そうしていますよ」
新藤は少しでも教師の緊張を和らげてやるつもりで言ったのだが、彼は癇に障ったのか強い口調を返してきた。新藤は荒波を立てないよう控え目な笑顔で「すみません」と小さく謝罪した。
「では、改めて質問しますが、哲也くんの日常に妙だと思ったことはないでしょうか? 一人でいることが多いとか、笑顔が少ないとか、忘れ物が極端に多いとか…」
新藤は教育や子供の心理に詳しいわけでもないが、思い付く限りのサインを上げてみたが、教師はこれに対しても首を横に振る。
「そうですね…忘れ物は確かにありましたが、そこまで目立つほどではありません。他の生徒と同じくらいと言うか」
「それでは親しい友人について教えてもらえないでしょうか」
「幅広く誰とでも付き合っているようだったので、特に親しい友人と言われますと…」
「大人しい生徒だったのに、ですか?」
「はい」
新藤はそれからもいくつかの質問を繰り返したが、教師は心当たりがない、といった旨の回答を返すばかりであった。新藤は釈然としない気持ちになって、担任の教師との会話を切り上げたが、彼の上司に当たる教頭に声をかけた。
「あの、哲也くんの担任の先生は生徒や親御さんからは、どんな評価なのですか?」
「どちらからも、人気がある先生ですよ。教育に熱心で親身に話を聞いてくれる、と。卒業まで彼を担任にしてほしいと要望があるくらいです」
「それは生徒からですか? それとも親御さんたちから?」
「両方です」
そう言って教頭は誇らしげに笑顔を見せた。彼の評価について、やはり釈然としない気持ちになった新藤だが、自分の人の見方が歪んでいるのだろうか、と少し反省する。
これも如月の下で働ているせいだろうか、と一人苦笑いを浮かべた。もちろん、それは悪い意味ではない。新藤は如月と出会う前、他人の善意や悪意、配慮や無関心、温かさや冷たさ、そんな側面について深く考えたことがなかった。自分が助けたいから助ける。自分が優しくしたいから優しくする。それだけだった。
でも、如月からしてみると、それは間違いらしい。人間はもっと自分勝手で自己中心的で無責任だ。そして自己保身が何よりも優先される。それを踏まえた上で、誰にどうやって手を伸ばすのか考えなければ、いつか自分が誰かを憎むことになるかもしれない、ということらしい。
新藤はここでは何も得られることはないかもしれない、と学校を後にしようと駐車場に向かった。しかし、意外なところから有用な情報が入ることになる。
「すみません」と声をかけてきたのは、若い女性だった。




