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その後、如月探偵事務所は志水からの依頼を正式に受けることになった。そして、志水の息子について基本的な情報と写真を受け取る。
志水哲也。十歳。小学四年生。
写真の彼はカメラを睨み付けるようで、とても明るい子供という風には見えない。志水が帰ったあと、写真を見た如月は言うのだった。
「如何にも抑圧されて生きてきた子供の顔だね」
「やっぱり、そんな風に見えちゃいますよね?」
「親を見た印象からしても、どうしてもね」
如月はどういう意味なのか、小さく鼻で笑った。
「それで、如月さんの事件に対する印象はどんな感じですか?」
「異能者で間違いないだろうね。ストレスを抑圧することで、異能に目覚めるってことは、少なくないからね。この少年も、かなり抑圧的な生活を強いられて……あれ?」
「どうしたんですか?」
如月は哲也少年に何か衝撃を受けたのか、怪訝そうに凝視している。
「この少年…少し前に会った」
「え?」
「いや…あの少年だとしたらおかしいな」
「どういうことですか? 何があったのですか?」
新藤からは少しも話が見えないが、如月は何やら考え込み始めてしまった。
「この前、この少年に会ったんだ」
如月は考えが整理されたのか、そのときの出来事を話し始める。
「本当に偶然、川沿いの道を歩いていたら出会った。彼はそのとき、異能に目覚めつつあったんだ。ただ、本当に些細な力…しかも目覚めの兆候みたいなものでしかなかった。それでも、彼の年齢で異能に目覚めてしまうのは少しばかり早い、と私は判断したんだ」
如月は哲也の写真を指で摘まみながら、ひらひらと仰いだ。
「そこで私は彼の異能の覚醒にロックをかけた。異能者になんて、目覚めないことに越したことはないからね。スプーン曲げ程度なら、何かの刺激でやれてしまうかもしれないけど…大人を怖がらせるほどの能力が出てくるとは思えないな」
どういう仕組みなのかは知らないが、如月は他人の異能力に干渉できる。能力を強制的に発動させないことはもちろんで、対象者に触れれば、異能そのものを消去できるが、覚醒をロックすることまで可能らしい。
「彼が異能を自在に使えるようになったとしても、それはもう少し人格が成熟してからのはずだ。私のロックを一人で解除したとしたら、とんでもない話だし…誰かが介入しているとしたら、ややこしいことになるだろうね」
「介入って…そんなことできる人がいるんですか?」
「いるよ。そんなに多くはないし、その中でも殆どは誰かの異能を覚醒させるようなタイプではない…と思うんだけどね」
新藤は内心では驚いていた。
如月がどういう原理で異能を封じたり消去したりできるのかは、全く持って想像はできないが、それはかなりユニークなものだとばかり思っていたのだ。
異能力者という時点でユニークだが、その一つ上にある特別な存在だと認識していたのである。それが複数いるとしたら、その人たちは何か目的を持っているのだろうか。
「何だか嫌な予感がする、ってことですかね…?」
新藤が言うと如月は頷いた。
「その通りだ。彼が私のロックを解除させるほど強い思いで覚醒したのが、それとも何者かの介入によって解除されたのか…どっちにしても、とってもパワフルな力を持っていると考えた方が良いかもしれない」
「うーん…ちなみに、どんな能力だと思います?」
「一言で表すならサイコキネシスなんだろうけど…」
新藤は如月が口にしたサイコキネシスこという言葉を聞いたことがあった。
「スプーン曲げで有名なあれですね」
「うん。ただ、スプーン曲げみたいな可愛いものを想像していたら、痛い目を見るだろうね」
「そこまで…ですか?」
「うん。彼の眠っている力はかなり強いものだった。さらに、これは推測というか印象でしかないのだけれど、彼は抑圧された生活を送っている。自宅で母親の態度に気を配ることはもちろん…たぶん、学校でも楽しく毎日を送っていたわけではないだろう」
「楽しかったら、写真でこんな顔はしないかもしれないですもんね」
如月は頷いてさらに続けた。
「抑圧された力は解放されれば、一気に吹き出すかもしれない。最近まではガラスを割るだけだったかもしれないが、今はどうなんだろう。さらに、力を付けているとしたら、とんでもない異能力者になっているかもしれない。それを彼自身の怒りに任せて好き放題に使ったりでもしたら…」
未知の力を想像し、二人とも黙り込んでしまった。
「取り敢えず、動きますね」
と新藤は苦笑いしつつ言った。
志水哲也がどんな少年なのかは分からない。しかし、異能力と言う力に突然目覚めてしまったことで、多くの人を巻き込んで、何らかの罪を背負わせるわけにはいかない。
新藤はすぐにでも彼を止めたいと思った。如月も同じ気持ちなのか、小さく頷いた。
「そうだね。私は少年と会った場所に行ってみるよ。君は?」
「まずは学校ですかね。依頼人にお願いして、先生から話が聞けるようにしてもらいます」
「確かに、それは無難な動きかも知れないね。運が良ければ彼の行方に心当たりがある人間に出会えるかもしれない」
「はい。友達から話を聞ければ、すぐに居場所が分かるかもしれません。意外にただの可愛い家出だったりして」
新藤はそんなこと言ってみたが、如月は首を横に振った。
「もし、彼に出会ったとしても、君一人でどうにかしようとするなよ。子供だと思って、どうにかできると思ったら、大間違いだからな」
「はい、分かっていますよ」
新藤はしっかりと返事をしたが、彼の性格から、すべて如月の指示通りに動けるかと言ったら、そういうわけではないのだった。




