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次の土曜日、いつもの川沿いの道で沢木さんと合流すると、彼は言った。


「この前の特別な練習のことなんだけど」


「うん」


僕はどんな練習なのか、それがどれだけ成長させてくれるのか、期待で目を輝かせながら頷いた。沢木さんはたまに言葉に詰まりながら喋ることがあるのだけれど、そのときはいつも以上におかしかった。


「あの、特別な練習は…さ、騒がしいところだと…集中できない、から…静かな、環境でやった方が、良いと思うんだ」


「静かな環境?」


「う、うん…。僕の家に…来ないかい?」


「沢木さんの家?」


「あ、うん。嫌なら良いんだ。でも、その方が…哲也くんの調子、良くなる練習が、できるだろうから、さ」


そう言われたら、僕は迷わなかった。川沿いの道から歩いてすぐの場所に、沢木さんの家はあった。アパートの五階で、一人暮らしらしかった。部屋は片付いていて、物もあまりない。そこで、ふと沢木さんはどんなお仕事をしているのだろう、と考えた。


「早速、始めようか」と沢木さんは言った。


沢木さんは自分の家に帰ったからなのか、いつもより明るい顔をしているような気がした。


「まずは集中力を高めるために、これをやろう」


沢木さんが取り出したのは、いつものゼナーカードだ。今までは外でやっていたので、カードが風に飛ばされないよう気にしながらだったが、今回はそれがない。五枚のカードをテーブルの上に並べて、落ち着いた気持ちでカードを捲れた。


しかし、だからと言って僕の的中率が上がるとは限らない。いつもと変わらないような結果となってしまった。


「気にすることないよ。もっと集中してやろう」


それからスプーン曲げの練習もしたが、やっぱりダメで、僕は肩を落とした。悔しくて涙も出そうだった。そんな僕の肩を沢木さんが手の平で叩いた。


「大丈夫。哲也くんは才能があるから、ちゃんと集中すれば、また成功するよ」


「そうかなぁ」


「うん。だからね、集中力を高める特別な練習を…今からしよう」


「何をするの?」


それから、僕は沢木さんが言うことに、すべて従った。本当にこれが特別な練習なのだろうか、と疑うこともあったが、沢木さんが


「これができるようにならないと、超能力が失われてしまうかもしれないんだ」


と何度も言うので、やはり言う通りにするしかなかった。


沢木さんが電気を付けた。僕は身を起こして、外がどれだけ暗いのか確認しようと思ったが、いつの間にかカーテンが閉まっていた。


「そろそろ、帰った方が良いね。お母さんが心配したら大変だ」


沢木さんがそう言うので、僕は帰った。特別な練習によって、僕は沢木さんからパワーを受け取った。これが刺激になって、超能力が自在に使えるようになるかもしれないそうだ。家に帰っても、あまり実感はなかったが、あの沢木さんが言うのだから、きっと凄い力を出せるに違いないと僕は信じた。


それからも、何回か僕は特別な練習をした。気のせいか、スプーン曲げの成功率は上がったような気もした。


ある日、川沿いの土手で沢木さんに合流すると、彼は挨拶をしたきり、何も言わなかった。土曜日だったので、特別な練習をするのかと思っていたが、いつまでも沢木さんは黙っている。僕はしびれを切らして沢木さんに聞いてみた。


「特別な練習、今日はしないの?」


すると、沢木さんは少しだけ困ったような笑顔を見せて言った。


「うん、今日はしないよ…。と言うよりは、もう一緒に練習するのはやめよう」


あまりに突然の宣言に、僕は空いた口が塞がらなかった。どうして、という疑問の言葉すらなかなか出てこないほどに。


「練習だけじゃなくて…実は、もう僕はね、哲也くんに会えなくなるかもしれない」


「ど、どうして?」


僕は酷く動揺した。

せっかく、超能力が使えるようになったのに、どうして急に…。


沢木さんはいつものように眉を寄せて、困ったような顔をした。


「ご、ごめんね。僕は…遠くに行くことになりそうなんだ。まだ、分からないけど、そうなると思う。できれば、僕も哲也くんと一緒に、練習したいけれど、ね」


「遠くってどこ? 電車で行ける場所なら、僕は沢木さんのところに通うよ」


「だ、ダメだよ。そういうのじゃ…ないんだ」


「もしかして、外国に行っちゃうの?」


「……うん」


外国では駄目だ。

アメリカは日本に比べて超能力の研究が進んでいる、と前に沢木さんは言っていた。


もしかしたら、沢木さんはアメリカで超能力の研究をするのかもしれない。アメリカに行くのか、と聞こうと思ったが、僕は涙が零れ始め、少しも喋れなくなってしまった。沢木さんは慌てた様子で


「な、泣かないで」


と僕の背中を撫でたが、涙は止まることがなかった。


こんなこと、初めてだった。

学校でイジメられるときも、お母さんに叩かれるときも、僕は泣いたりしないのに、沢木さんともう会えないと思うと、駄目だった。


超能力が使えなくなるかもしれない、と思うと本当に駄目だった。そうだ。沢木さんはきっと、僕がいつまで経っても超能力を使えないから、呆れてしまったんだ。特別な練習をしてまで覚えられない僕を、見込みがないと思って、諦めてしまったに違いない。


「ぼ、僕が…超能力を使えないから、行ってしまうの?」


僕は何とか疑問を口にした。


「違うよ!」


沢木さんは何度も僕の背中を撫でた。


「哲也くん、君には超能力の才能がある。絶対にあるよ。これから君の身に色々なことがあるかもしれない。僕の言葉が全部嘘だったって思うこともあるかもしれない。でも、君は自分を信じるんだ。自分の才能を信じて…そうすれば、きっと超能力だって自在に使えるようになるさ。僕がいなくなっても、君は絶対にできるようになるよ」


慰めなのか、沢木さんは何度も僕に才能を信じるように言った。きっと、今は調子が悪いだけだから、と。僕が泣き止んで、最後に別れの言葉を交わすと、沢木さんは去って行った。


次の日、また次の日も…僕は沢木さんがいるんじゃないかと思って、何度もあの川沿いの道へと向かった。でも、沢木さんは現れることはない。本当にどこかへ行ってしまったのだ。

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