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次の日、僕は学校に行くことがそれほど苦痛ではなかった。いつものやつらに後ろからランドセルを蹴られることも、宿題を破られることも、給食に牛乳を混ぜられることも。
だって僕は特別だから。給食の時間も、僕はやつらの目の前でスプーンを曲げてみせようとかと思ったが、やめた。沢木さんが、人に知られたら能力が消えてしまうかもしれない、と言っていたからだ。今は我慢だ。僕が完全に超能力を覚えるまでは、見逃してやれば良い。
僕は学校が終わるなり、走って帰った。いつもみたいに、あいつらに捕まって殴られるよりも先に。いつもの土手に辿り着くと、沢木さんは既にそこに座っていて、僕に気付いて手を振った。僕も手を振り返しつつ、沢木さんの横まで駆け、慌てながらランドセルからスプーンを取り出そうとして、転びそうになった。
「沢木さん、見て! 僕、スプーンを曲げられたよ!」
ぐねぐねに曲がったスプーンを見て、沢木さんは少しだけ目を丸くしていた。
「どうやってやったんだい…?」
「沢木さんに言われた通り、念じたら曲がったんだよ。沢木さんが、パワーを送ってくれたおかげかな?」
興奮する僕に沢木さんは少し戸惑っているみたいだった。
「うんうん。それにしても、これだけ力を発揮できるのは珍しいよ。やっぱり、哲也くんは才能があるね」
僕は才能という言葉に、思わず頬が緩んだ。
「ねぇ、沢木さん…次は何をすればいいの? 僕、もっと超能力を覚えたいんだ」
「あ、慌てちゃダメだよ。こういうのは、ゆっくり覚えないと。それより、超能力については誰にも教えてないよね?」
「うん」
「お母さんにも?」
僕は頷く。沢木さんは頷き返し、笑顔を浮かべた。
「そうかそうか。僕と会ったことも話してはダメだよ。そうしないと、僕はこの街から出て行かなければならない?」
「どうして?」
「世の中には、超能力を良く思わない人もいるからね。そう言う人に見つかったら、僕は少々まずいことになるんだ」
「少々まずいこと?」
「下手したら、殺されるかもしれない」
と沢木さんは声を潜める。僕は殺されるというワードに慄いた。
「分かった、絶対に言わないから、もっと教えてね」
「もちろんだよ。次はこれを練習しようか」
そう言って沢木さんが取り出したのは、トランプに良く似たカードだ。でも、それはトランプのように数字が書かれているのではなく、丸やらバツやら五種類の絵が書かれているだけだ。
「これは?」
「ゼナーカードって言うんだ。表にはこうして色々な記号が描かれているのだけれど、裏側はこうなっているんだ」
沢木さんがすべてのカードを裏返すと、全部が真っ白だった。さらに沢木さんはトランプのようにカードを切って、順番が分からないようにすると、手の平に乗せる。
「哲也くんは、一番上のカードに何の記号が書かれているか分かるかい?」
重ねられたカードは、記号が描かれた方ではなく、真っ白な面が上になっている。
「分からない」と僕は素直に言った。
すると、沢木さんはカードの上にもう一方の手を重ね、集中しているかのように目を閉じた。何が起こるのだろう、と僕は沢木さんが目を開くのを待つ。
数秒後、沢木さんはゆっくりと目を開いた。
「四角だ。カードを捲ってごらん」
僕は言われる通り、カードをひっくり返す。そこに描かれていた記号は…確かに四角だった。
「凄い…!」
「これはサイコメトリーと言ってね、物が持つ記憶を読み取ったり、透視できたりするんだ」
「どうやってやるの?」
「これも訓練だよ。さぁ、一緒に練習しようか」
僕と沢木さんは日が落ちてカードが見えなくなるまで、ゼナーカードを捲り続けた。沢木さんは殆どカードを捲る前に記号を当てられたけど、暗くなってしまうと外れることが増えた。
「これには集中力がいるからね。僕も少し疲れてしまった。今日はこの辺にしよう」
「うん。明日も練習しよう」
「もちろんだ」
沢木さんは笑顔を見せる。そう言えば、こんな感じで僕に笑いかけてくれた人は久しぶりだ、と気付いた。学校で僕を笑うやつらはいるけれど、それは全く別の感情だ。僕を馬鹿にしているだけなのだから。でも、沢木さんが見せてくれる笑顔は、単純に楽しさから来るものだ。僕も楽しいし、沢木さんも楽しい。これが共感というやつなのかもしれない。
家に帰るとお母さんはやはり僕を叩いた。帰ってくるのが遅いから夕飯はなしだ、と言うのだ。何度も謝って、やっとのことで食べさせてもらえたけれど、その分だけ何度も叩かれてしまった。
それでも良い。
これに耐えて、僕が超能力を使いこなせるようになったら、きっとお母さんもびっくりして、僕に逆らうことはないだろう。そのときは謝っても許してやるものか。
家に帰って自分でゼナーカードを作って練習した。しかし、上手く作れず、カードの切り方に癖があったり、裏側にしても薄っすらと記号が見えてしまったりと、あまり練習にはならなかった。次の日、沢木さんにそれを相談すると、何も書かれていない真っ白なカードを五枚くれた。
「ちょうど渡そうと思っていたんだ。これにペンで好きな記号を書くと良いよ」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
沢木さんは下がった眉をさらに下げて笑った。
僕は沢木さんをとても尊敬した。
超能力ができて、これだけ優しい人が、僕の才能を認めてくれたのだと思うと、もっと色々できるようになりたい、という気持ちが膨らんだ。




