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死神は如月の能力発動によって止まった。立ったまま、項垂れるようにして、動かない。これには新藤も乱条も、目を丸くした。
「強制的にメンテナンスモードに移行した。十分か十五分は動かないから、その間に、ミャン太氏の異能も解除させてもらおう」
そう言って、如月は新藤とミャン太の傍まで移動した。
「近寄るな! 吾輩は殺す! 怒りと憎しみで、魂が濁り、地獄に落ちるのだとしても、やらねばならぬ!」
如月は獰猛な獣のように暴れるミャン太に、手を伸ばす。
「如月さん、危ない!」
新藤が声を上げたが、如月は手を引っ込めることはなかった。そして、ミャン太の爪の先が、如月の手の平に突き刺さる。
道端で泣いていた猫を撫でようと、手を伸ばした結果、引っ掻かれてしまったようでもあるが、そんなものとは比べ物にならないほど、傷は深かい。
それでも、如月は手を引くことはなく、逆の手でミャン他の手を包む込むのだった。
「私は、君にかける言葉が見つからない。私も君と同じ立場だとしたら、復讐を選ぶだろう。もしかしたら、この世界そのものだって、壊してしまえと考えるかもしれない」
その言葉に、新藤は不安を感じずにはいられなかった。何だか、いつの日か、如月がすべてを捨てて何もかも壊してしまう、という選択をしたら…自分はどうするべきなのか、と一瞬考えてしまった。
如月は続ける。
「だが、今はその立場にいない。だから、君を止めることしかできない。本当にすまない。この世界が理不尽であることを詫びよう。そして、次生まれるときは、どうか安らかで幸福な人生を選べるよう、ただ強く祈る」
如月が再び黄金の光をまとった。そして、ミャン太の体へと移動するように、光が流れ込んでいく。その光は、ミャン太の意識を薄れさせるのか、重たい瞼を何とか開かせているようだった。
そして、彼は言葉を残した。
「この憎しみは、呪いとして永遠に残る。お前たち人間が、全員悔い改めたとしても、その命を呪い続ける存在がいることを忘れるな」
光が少しずつ消滅し、それに合わせて、ミャン太の意識も消滅したようだった。ミャン太…いや、宮崎は眠るようにして、新藤に体を預けた。新藤は覆い被さる宮崎を傷付けることないよう、ゆっくりと立ち上がった。
「如月さん、手…大丈夫ですか?」
「痛いよ。でも、ミャン太氏の痛みに比べれば、大したことはないだろう」
如月は一部始終を見ていた、あの男に振り返った。
「それよりも、この男…拘束しておくべきだろう。宮崎静流の体は、私が預かろう」
「ありがとうございます。でも、如月さん…ちょっと遅すぎではありませんか?」
新藤が言うと、如月は何を思い出したのか、突然彼の後ろに身を隠した。
「忘れてた。あの女が怖くてね、なかなか近寄れなかった」
如月が言う、あの女とは、もちろん乱条である。
「ずっと見てたんですか?」
「途中からね。やっとあの女が動けなくなったみたいだから、こうして出てこれたんだ」
「如月さん…そんなに怖いんですか?」
「当然だ。あんな化物、遭遇したことない」
「どっちが化物だよ」
と言ったのは乱条だ。
ダメージが抜けない体を引きずるように、新藤の方へ詰め寄る。如月は新藤の背中にしがみ付き「うわ、来たぞ。早く追い払ってくれ」と言った。
「あのコスプレ野郎を動けなくできるって、どういう原理だよ」
乱条は悪態を付くようにそんなことを言いながら、どこからか手錠を取り出すと、例の男をあっさりと拘束した。
「事情は知らないが、こいつが元凶なんだろう?」
「乱条さん、その手錠…本物ですか?」
「……そんなことは、どうでも良いんだって。それより、新藤…そろそろ、あたしたちの決着を付けないとならないよな」
「け、決着?」
「ああ。もう恩は返した。だったら、あたしは自分の仕事に戻れる。でもって、あたしの仕事ってのは、その赤い髪の女とお前をぶちのめすことだ」
赤い髪の女、と言われ、如月は小さく悲鳴を上げたが、少しだけ顔を出して乱条を睨み付けた。
「どこの誰か知らないが、もう許さんぞ。徹底的に打ち負かしてやるからな。行け、新藤くん」
しかし、当の新藤は溜め息を吐くばかりだ。
「あの乱条さん…今日はやめませんか? そもそも、何で如月探偵事務所に……」
そう言い掛けて、新藤は後回しにしていた思考が、突然動き出した。
「あれ、そう言えば、何で成瀬さんは……」
新藤の言葉に、乱条の肩眉が上がった。そして、どこか動揺したかのように、一歩後退する。すると、強い光が、新藤たちを照らした。
どうやら、車が一台、こちらに接近してきたようだ。
その車が停止すると、中からスーツ姿の長身の男が現れる。一見、ホスト風の男だが、彼は公安警察異能対策課の成瀬であった。
「乱条、何しているんだ、コラぁー!」
成瀬は深夜であるにも関わらず、凄まじい怒号を放った。




