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相談者はベージュのワンピースを着た、身持ちが堅そうな女だった。女は背筋が伸びて堂々しているようだが、どこか怯えたような表情で、いかにも助けを求めているように見えた。


横には息子と思われる、五歳ほどの小さな子供。相談前に記入してもらった、プロフィールを見る限り、若くして結婚したようだ。


相談者を応接用のソファに座らせ、プロフィールを確認していると、新藤の記憶の奥底から、何かが浮かび上がってきた。


「……百地さん?」


名前を呼ばれた女は、新藤の顔を見ても心当たりがないらしく、首を傾げる。


「高校で一緒だった、新藤だよ。…覚えていないか」


新藤が名乗っても、記憶の中に該当する想い出がないのか、相談者はまじまじと彼の顔を見た。


「え、新藤くん? ごめんなさい。なんか、とても印象が変わったから…」


「確かに、少し変わったかもしれないね」


驚きを見せる相談者に、新藤は苦笑いを浮かべる。


「びっくりした。まさか、探偵事務所で働いているなんて」


と相談者…百地は言う。


「僕も百地さんが相談者だとは思わなかったよ。さっき電話では…」


百地優花梨が、電話で名乗った姓は、別物だった。女性が過去とは違う姓を名乗る理由として、真っ先に思い浮かぶものと言えば、まず一つだ。


「結婚したの。今は飯島」


百地が少しだけ気まずそうに微笑むと、子供が母親の服の裾を掴みながら言った。


「ももちは、きゅーせい?」


「うん、そう。きゅーせい」


新藤は中途半端な笑顔を浮かべる。複雑な感情が押し寄せ、表情が硬くなりそうだったが、子供の微笑ましさに少しだけ救われた。


「それより、何か困った状況なんだよね」


と新藤は話を切り替えた。


「新藤くんが話を聞いてくれるの?」


ここは如月探偵事務所、という名前なのだから、殆どの人が如月という探偵が、話を聞いてくれると考えることだろう。それが助手にしか見えない男が話を聞くとなったら、不安に感じるのは仕方のないことだ。


「あ、話を聞く前に確認したいことがあるんだけれど、百地さんはこの如月探偵事務所が、何を得意分野としているのかは、知っているかな?」


「……知っている。噂で聞いたから。普通じゃ考えられない事件を解決する探偵、なんだよね?」


「うん。如月探偵事務所は、科学では証明できないような、人物や事象に関する事件を専門にしているんだ。そういう、奇妙な事件が、百地さんの身の回りで起こっている…。それで間違いない?」


百地は躊躇いながらも、覚悟を決めたかのように、重々しく頷いた。




百地優花梨の相談内容は、確かに奇妙なものだった。


彼女は新藤と同じ、二十七歳。短大を出て、就職し、すぐに結婚した。


年上の旦那の収入は安定していて、子宝にもすぐ恵まれた。百地の人生は二十歳を超えてからスムーズで、不満と言うほどの不満もない。


現在、彼女は専業主婦だが、自分の能力を社会の中で、存分に発揮したいといった願望もなく、家事と子育てに追われる毎日で、適度なストレスと適度な達成感を得ていたのである。


しかし、ある日のこと、息子の陸を保育園に送り届けた帰り、


家の前に立つ一人の女を見た。


何かの勧誘か。

それとも近所の人が用でもあって訪ねてきたのか。


それにしては、ドアのすぐ横にあるインターホンを押す気配もなく、ただ家を見上げているだけで不気味なものがあった。


もしかして、夫の浮気相手か、

と疑った百地は、遠くから監視し続けたが、その女は嫌がらせの一つもする気配もなく、その場から去ろうとした。


その際、身を隠していた百地のすぐ横を女が通り、彼女は驚愕することになる。


その女は、どこからどう見ても、百地と同じ顔だった。


毎日、鏡で見る自分の顔だ。見間違うはずはない。世界には自分によく似た顔の人間が、三人は存在する、と聞くことはあるが、そういうレベルではなかった。そっくりそのままなのである。


百地は家に戻ってから、あれが何者なのか考えた。百地には姉も妹もいないし、行き別れた双子がいるという話もないはずだ。他人の空似というやつだったとしても、なぜ自分の家を見上げていたのか、説明がつかない。得体の知れない女は、いつか何らかの不吉をもたらす気がしてならなかった。


その日は、いつもより早めに陸を迎えに行った。早く顔を見て安心したかったのだ。あの女が代わりに陸を迎えに行ったとしたら、誰も疑うことなく、誘拐されてしまうに違いない。そう思い当たると、陸に危険が迫っている気がしてならなかった。

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