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25

成瀬は溜め息を吐くと、新藤の足元で動かなくなった、二つの鉄球を両腕で抱えた。


「まったく…手で持つと本当に重いなぁ、これ。人手不足さえなければ、こんなことにはならなかったのに」


「残念でしたね、成瀬さん」


新藤が浮かべた笑顔は、どう見ても意地の悪いものだった。成瀬は苦笑いを浮かべ、頬を引きつらせる。


「まぁ…そうだね。優秀な部下が入ったら、また勝負を挑むさ」


「もう勝負なんて受けませんよ」


答えたのは如月だ。

営業のプロであるかのように、貼り付けられた笑顔を浮かべている。だが、そう感じているのは、新藤だけなのかもしれない。


「そんなこと言わないでください。いや、また何かで借りを作れば、貴方も勝負を受けるしかないでしょう。だから、それまでのお預け、というだけのことです」


「一生、お預けですよ。僕がいる限りね」


新藤の皮肉に、成瀬は肩をすくめた。


「まぁ…そう言ってられるのは今のうちさ。とは言え、ただで帰るわけにはいかない。木戸の身柄は引き取らせてもらう」


「だとしたら」


と如月が言った。


良いアイディアが浮かんだと言わんばかりに、手を合わせて笑顔を見せている。


「もう一人、裏社会の人間がどこかに倒れていたので、確保すると良いですよ」


如月は成瀬にアドバイスしながら、辺りを見回した。どこで倒れているだろう、殺し屋の男を探しているようだ。それに対し、成瀬は首を傾げる。


「裏社会?」


どうやら、殺し屋について、成瀬は何も掴んでいなかったらしい。


「殺し屋です。事情は本人から聞いてください。口を割ると良いですけどね」


「ああ、さっきのあいつか。助かります、芋づる式で色々と出てきそうだ」


成瀬は負けを認めたものの、まだ未練があるかのように、百地の方を見て呟いた。


「飯島優花梨は…」


百地は成瀬の視線に顔を青くするが、彼はふっと笑って、如月の方に向いた。


「もう僕の管轄外かな」


如月は微笑みを返すだけで、何も言わなかった。成瀬は鉄球を置くと、電話を取り出して、どこかに連絡をかけ始めた。


「ああ、奏音。また負けだ。と言うか、お前…葵さんが近付いていることを報告しなかったな? ……いや、それより、殺し屋と例の木戸という男を捕らえた。借りが作れそうな部署に連絡して、人を寄こすように言ってくれ。それから…」


如月は、会話する成瀬に背を向け、新藤の横に立った。


「さぁ、最後の仕上げだ。依頼人のところへ行こう」


「ですね」


新藤は肺の辺りを抑える。あばら骨に皹が入ったかもしれない。他にも体中が痛かった。


だが、如月の前でそれを見せまい、と笑顔を見せる。そんな新藤に、如月は笑顔を返した。まるで、合格点を出した生徒を誉めるかのように。


「でも、如月さん…どうして、僕の位置が分かったんですか?」


「ああ、そうだ。君ね、私を置いて行くとは、どういうことだ。あと少しで山道で迷って泣くところだったぞ。君は私の助手、兼ボディーガードだ。片時も離れるな」


「す、すみません。それで、どうやってここに?」


「簡単な話だ。ほら」


と如月は顎で前方を指した。


百地の後ろ…少し離れた場所に優花梨と陸の姿が。


「なるほど、彼女が誘導したわけですか」


「そういうこと」


新藤と如月が、百地に歩み寄るよりも先に、陸が彼女のもとに駆け寄った。


「ママ!」


陸の顔を見て、百地は驚きと安心の表情を見せる。最愛の息子を抱きしめ、少しは気持ちが落ち着いたのだろう。


「百地さん。今度こそ、全部…終わったよ」


と新藤は百地に声をかけた。


「……何が起こったの?」


何が起こったのか。

それは、すべて如月葵の異能力…アンチ異能力であった。


彼女は自らを中心とした、半径数十メートル内に存在する、異能者の力を封じることができる。それ故に、彼女の前では成瀬も普通の人間でしかない。如月の能力の中であれば、怪我をしていたとしても、新藤の方が格闘戦では有利。成瀬は退くしなかったのだ。


「新藤くん…まだ終わりじゃない」


と如月は言った。


「…そうでしたね」


苦々しい表情を見せる新藤を見て、百地は不安を感じた。


「……何があるの?」


「百地さん…君は自分でも知らない間に、異能者になっていたんだ」


「成瀬って人も、同じことを言ってきたけれど…」


「この世には、極稀に科学では解明できないような、特殊な力を持った人がいる。何もないところから火を起こしたり、水の性質を自在に変えたり…それから、自分の分身を作る能力も」


「もしかして、それが…」


「そう、君が見た、ドッペルゲンガーの正体だよ」


新藤が百地の背後へと視線を移した。そこに立っているのは、優花梨だ。百地も彼女の姿を見て、ただ茫然とした。すると、陸が百地の服の裾を引っ張った。


「ママ。ママにそっくりなお姉さんが、助けてくれたよ」


百地は自分の中にある気持ちを表情に変換することができなかった。ただ、困惑した視線を新藤に向けるだけだ。


「大丈夫。……君の異能力は如月さんが消去する。普通の人間に戻れるんだ」


異能探偵、如月葵。彼女が異能者にとって天敵であり、成瀬がこれ以上、百地を追う必要がない、と判断した理由が、これだった。


「君の異能力を消す。それで、良いよね?」


新藤に問いかけられ、百道は優花梨を見た。優花梨はどういう心情なのか、苦笑いのような表情を浮かべている。そこには憎しみらしいものはなかった。


「お願いします」


と言ったのは、優花梨だった。


新藤が確かめるように、百地を見ると、彼女もゆっくり頷いた。


「如月さん、お願いします」と言う新藤に、如月は確認する。


「……新藤くん。君は良いのか?」


新藤は答えなかった。だが、代わりと言うばかりに、優花梨が会話に入った。


「あの…少し、良いですか?」


「うん。心残りがないよう、話しておくと良い」


如月に言われ、優花梨は前に出た。百地の前に屈むと、彼女は手を伸ばす。百地の横に並ぶ陸の頭を撫でたのだ。


「私たちは…どこまで行っても、私たちだったんだね」


優花梨の発した言葉の意味を汲み取ろうとするように、百地は視線を落とした。


「この子、見て…分かった」


「分かったって…何を?」


「隠さなくていいよ。私は貴方なんだから、分かるよ」


「……そう、なんだ」


「苦しかった?」


「……うん」


「後悔してる?」


「…うん」


「大変だったよね」


「うん」


優花梨は立ち上がると、百地を抱きしめた。百地の目から、再び涙が溢れ出す。


「貴方も、頑張ったんだね」


「うん、頑張ったよ。ずっと、逃げたくて、なかったことにしたくて、だけど…だけど」


百地は声を上げて泣き出した。新藤は二人が交わす会話の意味が理解できなかった。自分同士だから理解できる、何かがあるのだろう。漠然と、そう思った。


「二人とも、仲良しなんだね」


陸の言葉に、百地と優花梨は笑った。そして、優花梨は言う。


「じゃあ、私は行くよ。頑張ってね、私」


「うん。頑張る…私の気持ち、理解してくれて…ありがとう」


「お礼なんて、必要ないよ。私は貴方なんだから」


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― 新着の感想 ―
[一言] うへぇ、なんとも最低な諸悪の根源だ
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