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相談者を待つ時間、何気なくテレビを付けると、ニュース番組が映っていた。ここ数日で話題になっている連続暴行事件を取り上げている。


「ああ、これ…知っていますか? 僕と同じくらいの歳の男性ばかりが狙われている事件で。しかも、執拗に暴行が加えられているって、何かと話題なんですよ」


「へぇー。最近は物騒だよね。無差別に襲い掛かったのか、それとも個人的な恨みを晴らそうとするパターンのなのか。どっちにしても、社会から弾かれた人間による復讐なんだろうね」


と如月のコメント。


「今のところ、被害者の共通点は見付かっていないみたいですよ」


二人がそんな会話をしていると、事務所の目の前にある、エレベーターの扉が開く音が聞こえた。相談者が訪れる時間にしては、まだ早いが……。


「葵さん、おはようございます」


顔を出した人物は、新藤に比べるとグレードの高いスーツを着こなした、長身の男だった。甘いマスクも手伝ってか、サラリーマンというよりは、夜の仕事で儲けている人物にも見えるが…彼の名前は成瀬。実は警察である。


成瀬は一度も新藤には目をくれることなく、如月のデスクの前まで移動すると、そこに手を付いた。そして、必要以上に身を乗り出し、如月に近付く。


「葵さん、今日も美しいですね。艶やかな髪に、白い肌。貴方は本当に地上へ降り立った女神だ。あ、香水…変えました?」


「よく分かりましたね」


と如月は笑顔を見せた。


「当然です。僕は如月さんの変化は、ちょっとしたことでも見逃しませんからね」


そこで成瀬は初めて新藤の方を見た。そして


「おや、新藤くん…君もいたんだ」


と、わざとらしく言う。

まるで、新藤が如月の付ける香水の変化に気付かなかったことを見透かしたかのようだ。


「成瀬さん、何の用ですか? この後、すぐ相談者がやってくるので、長居は困りますよ」


如月に対して気安く接する成瀬は、新藤にとって煩わしい存在だが、理由はそれだけでない。


「お、このニュース…葵さんも見ていましたか?」


新藤を無視して、成瀬は再び如月に声をかける。


「もしかして、成瀬さんが追っている事件なのでしょうか?」


如月が質問するが、その口調は新藤と会話するときと違って、お淑やかなものだ。ただ、成瀬は質問に答えず、別の話題に切り替える。


「そう言えば、先月…僕の協力で解決した事件がありましたよね。その件の借りは、一ヵ月以内に返します…と、葵さんは仰っていたような」


成瀬は、何やら企みがあるらしく、口の端を吊り上げた。それを見た新藤は素早く二人の間に割って入る。


「なんですか、成瀬さん。一ヵ月前のことで借りを返せなんて、器が小さいですよ」


「うるさいな、君は」


成瀬は新藤を押しやって、何とか除外しつつ、鋭い表情を作って言った。


「葵さん、この借りを賭けにして、一つ勝負をしませんか?」


成瀬の提案に首を傾げる如月。


「次、僕の仕事と如月探偵事務所の仕事がバッティングしたとき、どちらが先に解決するか、勝負しましょう」


「勝負、ということは勝った方は何かメリットがある、ということですよね?」と如月は微笑む。


新藤は、意外に乗り気である如月を見て顔を歪めたが、成瀬は得意げに頷いた。


「もちろん。貴方が勝ったら、借りはチャラ。僕が勝ったら、葵さんと一回デートする権利をいただく…というのはどうですか?」


「はぁ? デートって何ですか? それって成瀬さんが如月さんのことを誘いたいだけでしょう」


喰い下がる新藤に、成瀬は不敵な笑みを見せた。


「なんだ、新藤くん…自信がないのか?」


「そ、そういうわけでは…」


たじろぐ新藤の代わりに、如月が答える。


「良いでしょう。その勝負、お受けしますわ。ただ、借りはチャラ…だけでは釣り合いません。成瀬さんに貸し一つ追加、ということで、いかがでしょうか?」


「ふむ、良いでしょう」


と成瀬は微笑むが、それは自信の表れのようだった。


すると、成瀬は懐から携帯端末を取り出した。誰かから連絡が入ったらしい。


「俺だ。…何だ、奏音か。いや、現場に向かっている。……なんで知っている? あ、お前…!」


何やら揉め出したが、無理矢理に会話を終らせて、電話を切った。


「すみません、急用が入りました。ここで失礼しますが、葵さん…今の約束、忘れないでくださいね」


「はい、楽しみにしています」


如月は本当に楽しみにしているかのように笑顔で成瀬を見送った。




成瀬の気配が完全に消えてから、新藤は溜め息を吐いて、如月に問う。


「如月さん…良いんですか? あんな約束して」


「なんで? 別に勝てば良いじゃーん。余裕だよ、余裕。しかも、勝てば成瀬さんに貸し一つ。向こうからチャンスをくれたんだから、ラッキーだよ」


「でも、僕たちが負けたら…どうするんです?」


「なんだ、新藤くん…自信がないのか?」


先程、成瀬が挑発に使った言葉を、口調も含めて真似る如月。


「そんなわけありません。如月探偵事務所はどんな事件だって、迅速に解決します!」


「そうそう、私と新藤くんのペアに勝てる者はいない。気楽に行こう」


如月は笑い飛ばすが、不安で仕方のない新藤は、思わず呟くのだった。


「そうは言いますけど、成瀬さんはそんな簡単な相手じゃないでしょう……」


成瀬の所属は、警察公安部異能対策課。つまり、国に認められた、異能犯罪に対するプロフェッショナル、ということだ。一般には知られていない異能事件について、調べる機関や組織はほとんどない。そのため、成瀬は如月探偵事務所にとって唯一のライバルでもあるのだ。


「ま、もし負けたとしても、デートくらい良いでしょう。美味しいもの食べさせてもらえるだろうし。成瀬さん…お金持ってるだろうなぁ」


新藤の心配をよそに如月は、デートを楽しみにしているかのように見えた。これには、流石の新藤も苛立ちを隠せなかった。


「駄目ですよ、駄目駄目!」


「君は私の親なのか?」


そんな話をしていると、またも事務所の前のエレベーターが開く音が聞こえた。今度は、相談者で間違いないだろう、と二人は口を閉ざした。


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