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「たぶん、あっちだと思う」


新藤が百地に合流する少し前のこと。優花梨は自分の体が重たくなって行くように感じていた。新藤もそれを察しているようだったので、大まかな百地の居場所を新藤に示した。


「ありがとう。すぐに戻ってくるから、優花梨さんはここで休んでいて」


「…うん」


新藤が立ち去り、優花梨は木の幹に腰を下ろした。これだけ体が重くなることは、今までなかった。これは本体である、百地の疲労が彼女に影響しているのだ。


新藤が去ってから、優花梨は迷った。新藤の言う通り、このまま安静にしているか。それとも、戻って倒れているう木戸の様子を見に行くか。


まだ、自分の復讐は終わったわけではない。木戸を起こして、飯島を追おう。百地には、自分の選択が間違っていたと、理解させなければならないのだ。そうでなければ、ここまで意地を張った自分が報われないではないか。


彼女が憎しみに、自らを奮い立たせ、立ち上がろうとしたとき、誰かに呼ばれた気がした。音がしただろう方向へ視線を向け、暗闇の中で動く気配を探った。一定のリズムで、何らかの音がこちらに近付いていた。


これは、足音だ…と気付く。新藤が戻ってきたのだろうか。それとも、百地か。…もしくは、別の誰かかもしれない。一度、身を隠さなければ…と迷っているうちに、その足音に接近を許してしまった。そして、優花梨は、その足音の正体を目にして、頭の中が真っ白になった。


「……ママ?」


百地の息子、陸だった。優花梨は結婚もしていないし、出産の経験もない。ママ、と呼ばれる日がくるなんて、想像もしていなかった。だから、彼女にとって、彼は息子ではない。それでも、彼にとっては母親だ。


陸は泣きながら、優花梨の方へ駆けだし、彼女にしがみ付いた。優花梨は戸惑いながらも、泣きじゃくる彼の頭に手を乗せた。


「ママ、怖かったよぉ!」


陸が顔を上げ、甘えるように優花梨の服を引っ張った。そのとき、優花梨は初めて、陸の顔をまじまじと見た。そのとき、彼女の記憶が呼び起こされ、それらの断片が、今目にしている光景と合致して行った。


優花梨は百地が許せなかった。約束を破り、木戸を見捨てた彼女のことを。だから、木戸を唆した。彼は自分の知る木戸とは違った。


もしかしたら、この世界で彼は上手くやっているのかもしれない。だから、彼のことも許せなかった。一緒に落ちて欲しかった。そうでなければ、間違っている、と思ったのだ。


百地も、木戸も、自分が受けた地獄を、味合わせてやる。そのつもりで、行動に出たはずが、陸の顔を見て、何かが間違っているように思えてきた。


この世界こそ、自分の希望が存在する。そんな気がしたのだ。


「ねぇ、君…」


名前を知らないので、そう呼んだ。陸は赤くした目で優花梨を見上げる。


「よく見てごらん。私は君の…ママじゃないよ」


陸は泣きべそをかきながら言う。


「どうして嘘を吐くの? どう見てもママだよ」


「だって、ほら…さっきまでのママと違うお洋服でしょう?」


陸は言われた通り、優花梨の服装を確認して、別人であることを察した。


「本当だ」


「ママとはぐれちゃったの?」


陸は頷く。


「一緒に、探しに行こうか」


優花梨が差し出した手を、陸は抵抗なく握った。陸の体温を感じた優花梨は、その温かさに、不思議と笑みが零れた。同時に、自分の復讐が終わったことを理解する。目的を達成したわけではない。それでも、もう終わってしまった。消滅してしまったのだ、と。


陸は母親について、色々話してくれた。


彼の話す母は、強くて正しくて、そして優しかった。それは、優花梨が描く母親像に、とても近いものだった。さらに、陸が自分に懐いていることが、優花梨には分かった。彼を自分の子供にできないだろうか。少しだけ、そんなことを考える。


しかし、陸は思い出したように、こんなことを言った。


「ママ、大丈夫かな?」


「どうして?」


「怖い男の人に追いかけられていた。ママも逃げないと、怪我しちゃう」


優花梨の全身に痛みが走った。これは本体である百地が、全身に痛みを感じた証拠である。優花梨の額が、じっとりした汗で濡れる。顔をしかめて痛みに耐えた。


「どうしたの?」


動きを止めた優花梨の顔を、不安げに陸が見上げている。


「大丈夫。それより、ママのこと、助けてあげないと」


「うん、でも…」


陸が言いたいことは、分かった。助けたい。そんな気持ちがあっても、自分には力がないのだ。

このままでは、百地を…陸を助けることはできないだろう。木戸のところへ戻って助けを乞うか。彼は立てるだろうか。いや、彼のところへ向かう間に、取り返しのつかないことになるかもしれない。


「どうやら…困っているみたいだね」


そんな声が、どこからかした。優花梨が振り返ると、


そこには赤い髪の女が立っていた。


こんな山奥は決して歩かないだろう、綺麗な格好をしている。頭は派手だが、まるで、どこかの令嬢であるような気品があったが、口元には魔女のような不気味な笑顔を浮かべていた。


「貴方、誰…?」


と恐怖を抱きながら女に聞いた。


「探偵さ」


女は短く答える。


「奇妙なトラブルに巻き込まれているなら、探偵を雇ってみると良い。特にお勧めの専門家なら、今目の前にいるよ」

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