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何かがへし折れるような音が、百地のすぐ横から聞こえてきた。

それは、あの鉄球によるものだ、ということは間違いない。音の正体を確かめると、彼女のすぐ横にあった木に、鉄球がめり込んでした。


恐れる百地に、成瀬という男が言った。


「なんてね。びっくりしたかい? 大人しく捕まってくれれば、殺しはしないよ」


そう言って近付いてくる成瀬だったが、百地の恐怖は膨れ上がり、ピークに達しようとしていた。すると、成瀬の足が止まる。何かに気付いたのか、空を見上げると、素早く飛び退いた。そして、彼がいた場所に、何かが落下したのだった。


百地はそれを見て、悲鳴を上げる。


空から落ちてきた何かは、自分自身だった。


「おいおい、抵抗するつもりか?」


それを見て、成瀬が苦笑した。成瀬が見せた表情には、暴力の影がある。そう感じ取ると、百地の恐怖心が再び跳ね上がり、どこからか現れた彼女の体が再び上空から成瀬を襲うのだった。


「おっと、危ない」


余裕を持って躱す成瀬だが、地面に叩き付けられた百地と同じ姿をした何から血が吹き出し、彼の頬に付着した。


「なかなか気分の悪い能力だ。しかし、抵抗するなら仕方ない。死んでも、文句を言うなよ」


鉄球が動いた。今度こそ殺される、と目を閉じる百地。


鈍い音がすぐ近くで聞こえた。だが、自分には痛みがない。まさか、陸に何か…と目を開くと、誰かの背中があった。誰かが自分を守ってくれたらしい。


ただ、その人物は鉄球の直撃を受けたらしく、百地の目の前で崩れる。その人物は、自分と同じ姿をしていた。しかも、鉄球が当たったのか、頭部が陥没し、何とも恐ろしい光景だった。百地が悲鳴を上げると、それに反応するように、空から自分が振ってきて、成瀬を襲った。


百地は恐怖で異能力を暴走させていた。


成瀬が鉄球をコントロールし、百地を狙ったが、またも別の彼女が現れて、身代わりになった。成瀬はそれを見て、嘲笑するように言った。


「自分自身をミサイルみたいに使ったり、盾として使ったり…。分身の方に意識があるとしたら、とんでもない能力だな」


確かにその通りだが、陸を守るためなら、何をしたって構わない。それが彼女の考えだった。


「それ、無限に出てくるのかな? ちょっと試してみようか」


成瀬の言葉に反応して、黒い鉄球が彼の背後まで移動した。そして、彼の背後でジャグリングのように激しく円を描く。


「ほら、早く出さないと、自分の顔がぺしゃんこだよ」


再び鉄球が勢いよくこちらに向かってきた。


死にたくない。


そう強く願うと、鉄球を防ぐことに成功した。再び、目の前に自分ではない自分が立って、身を守ったのである。


何が起こっているのかは分からないが、身代わりが出てきてくれるなら、この絶望的な状況から、逃げ出せるかもしれない。百地は泣き叫ぶ陸を抱えて、舗装されていない山道を走り出す。


だが、成瀬は簡単に逃がしてくれなかった。彼女が走る方に立っていた木が、突然へし折れ、道を遮る。どうやら、鉄球が木を折ったらしい。


走って逃げる中、何度も死を覚悟する瞬間があった。しかし、何度も自分が自分の身を守った。振り返ると、


自分の死体がいくつも転がっている。それは不気味を通り越して、どこか滑稽なものだった。


息が切れる。もう走れなかった。

成瀬との距離を確認すると、彼はそれほど遠くにはいなかった。余裕があるのか、ゆっくりと歩いて距離を縮めてくる。夢で、全力で走っているにも関わらず、まったく進んでくれない、という状況を体験したことがあったが、それに似ていた。


「陸、ここからは一人で逃げて」


と百地は陸に言った。


陸は泣きながら


「できないよ」


と言ったが、この状況で甘い顔はできない。百地は陸の頬を打った。


「良いから、行きなさい!」


自分は走れないが、きっと陸はまだ走れる。それに、きっと成瀬は自分を狙っているはずだ。陸だけなら逃げきれるはず。母の鬼気迫る表情に、陸は自分のやるべきことを察したのか、覚束ない様子で走り出した。


これで良い。

百地は、陸が走り去った方向とは、別の方向へ走ったが、既に体力は限界だった。振り返ると、やはり成瀬が歩いて距離を縮めてくる。


「異能力に目覚めてから、僅かな時間しか経っていないのに、よく粘ったよ。でも、こっちも仕事だ。それに、大事な勝負もあってね。今度こそ、終わりにしよう」


百地は動けなかった。

さらに言えば、異能力を発動させる精神的な体力も尽きていた。鉄球が動く。


ここまで逃げたが、やはり自分は死ぬのだ。


彼女は何度目だったか、そんなことを考えて目を閉じた。


体を突き飛ばされるような、衝撃があった。思ったより、痛くない。それとも、脳がおかしくなって、痛みを感知できない状態なのか。


いや、そうじゃない。

鉄球が当たる寸前、誰かが彼女を突き飛ばして、命を守ったのだ。


「あー、もう! 思ったより早かったな。だから人員不足だって言っているんだ!」


悔し気な成瀬の声。

百地は目を開き、何が起こったのか確認しようとした。またも、誰かの背中が目の前にある。


でも、それは自分のものではなかった。


「百地さん、もう大丈夫だよ」


新藤晴人だった。


もう大丈夫。

そんな言葉を聞いても、百地は嬉しくなかったし、安心もできなかった。


ずっと、不安を抱きながら生きていた。だから、その言葉を待っていた。


だけど、その言葉は誰かにかけてほしかったわけではない。あいつが言ってくれるときを、待っていたのだ。そんな百地の怒りすら、笑い飛ばすように成瀬が言う。


「新藤くん…君がやってきたところで、僕の優位に変わりはないよ。葵さんが来る前に、君を排除してしまえば、僕の勝ちなんだからね。君は不幸だな。病院送りにされて、さらに葵さんを僕に奪われるのだから」


「その言葉、そっくりそのまま、返しますよ!」


そう言って、新藤は成瀬に立ち向かうのかと思われたが…違った。


新藤は彼に背を向けると、両腕で百地を抱き上げる。


「ちゃんと掴まってね!」


そう百地に言うと、新藤は走って逃げ出したのであった。


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