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苦しかった。私は夫がいない時間帯、暇さえあれば、夫の記憶を再生した。圧倒的な愛情の波を体験して、興奮するものの、最終的には自分に向けられたものではない、と思い出して、気持ちが落ち込む。そんな刺激を中毒的に楽しんでいた。



夫は変わった。記憶を抜かれてから、再び変わってしまった。



睡眠中にうなされることも、急に不機嫌になることもなくなったが、優しさも人としての魅力も失っていた。思いやりもなければ、何に対しても興味を持つことなく、会話を楽しむこともない。ただ、淡々と日々を過ごす人間になってしまっていた。



そうか、と気付く。



彼と言う人間の真の部分は、あの女を想う気持ちで作られていたのだ、と。その記憶を失った彼は、もう彼ではない…らしい。それだけ、あの女は彼の人格の根幹に影響を与えた人物だったのだ。



私は、そういう人間になれるだろうか。誰かに強い影響を与えられる女に。いや、今更無理だ。何かもが遅すぎた。これからも、愛される幸せを知らないまま生きる。そう思うと、涙が溢れてきて、立っていることもできなかった。



「どうしたんだ?」


自分の部屋で泣いていると、父に声をかけられた。休憩すると言って、いつまでも戻ってこない娘を心配したのだろう。様子を見に来たら、この状態だったから、父も驚いたに違いない。


「それは…なんだ?」



父の目を奪ったもの。それは言うまでもなく、彼の記憶の石だ。

私は誤魔化すほどの余裕はなく、自分の置かれた状況を、洗いざらい父に話した。記憶を石にする能力。夫の記憶を抜き取ったことも。荒唐無稽な話ではあるが、実際に彼の記憶を見せられた父は、信じるしかないようだった。



「もう嫌だ。こんなもの、見たくないのに…一人になると手に取ってしまう。もう、頭の中、おかしくなっちゃいそうだよ!」



泣いて訴える私を見た父は、口を開きかけて何か言おうとしていていたが、それを飲み込んでしまった。父は私を憐れんだようだったが、それだけではない気がした。何となく、罪悪感を抱いたようにも見えたのだ。




父に話したことで、私の心は軽くなるかもしれない。そんな期待はあったが、あまり意味はなかった。それどころか夫の記憶を再生する頻度が増えてしまい、余計に私の精神は衰弱していく。


いよいよ、私は駄目になる。そう思ったころ、夫の石が消えた。



「お父さん、あの石…どうしたの?」


私は父を問い詰める。恐らく、夜叉のような顔をしていただろう。


「処分したよ。あの石は、お前の近くにあってはいけない」


「勝手なことしないでよ!」



父から石の在処を聞いても、頑なに教えてくれなかった。


しかし、父は忘れている。


私が本気で知りたいと思ったら、誰も隠し事はできない、ということを。

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