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幸せな生活に入った亀裂は、会田さん…夫の態度が少しずつ変わって行ったことで気付いた。今思えば、彼が眠っているとき、うなされることが多かったことも関係していたのかもしれない。


夫が時折うなされて目を覚ましていることは、もちろん知っていた。どうしたのか、と聞いても、必ず「嫌な夢を見ただけ」と短く答えるだけ。内容も覚えていないと言うのだ。


そして、夫はうなされて目覚めた日は、必ずと言っていいほど、不機嫌だった。私が声をかけても、返事をしないこともあった。もっと、原因を追究すべきだったのかもしれない。だけど、私が知りたいと思ったら、あの石を夫の体から抜き取ってしまうだろう。


あの石は私の欲求を満たす。しかし、その分だけ傷付くことも私は知っている。そして、何よりも他人の意志を曲げることは許されるべきではない。私は知らないふりをした。それに、普段の夫は十分に優しい人だったから。私が優しくした分だけ、優しくしてくれる人なのだから。


そう思っていたのに、夫が明らかに苛立っている姿を見ると、怖くて仕方なかった。いや、知りたくて仕方がなかった。


「どうかしたの…?」


聞いてみたところで、夫が教えてくれることはない。私を見て、苦し気な表情を見せてから、首を横に振るだけなのだ。


「私がいけないの? 駄目なところがあるなら、直すから」


「君のせいじゃない。僕は病気なんだ。そして、この病気は…君には治せない」


苦しそうな彼の顔を見る度、私の頭の中は一つの感情でいっぱいになってしまう。



知りたい。

知りたい。知りたい知りたい。

知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい。

知りたい 知りたい知りたい知りたい 知りたい知りたい知りたい。



優しくしても、彼が私に満足しない理由を、知りたい。頭の中はそれだけで埋め尽くされ、気が狂ってしまいそうだった。


知りたい。でも、知ってはいけない。そう思うと、悔しくて涙が流れてきた。そんな姿を父に見られてしまった日もあるくらい、私は何度も泣いた。



「君には関係のないことだ!」


追及し過ぎて、夫に怒鳴られてしまった。


「なら、誰と関係のあることなの?」



私が聞くと、夫は真っ赤な顔で私を睨み付ける。でも、そんな目を見てしまうと、余計に私は思ってしまう。知りたい、と。



限界だった。

知りたくて、知りたくて、知りたくて、おかしくなってしまう。



隣で眠る夫の寝顔を覗き込み、そっと手を伸ばすと、いつもだかと同じように額の辺りに裂け目が入り、そこから光が漏れた。手を入れれば、石を取り出して、私が知りたかったこと、すべて分かる。


しかし、裂け目に触れそうになったとき、手が止まった。私の頭に過った考えは「でも、知ってしまったら、どうなるのだろう」というものだった。


やっと、見付けたと思っていた。優しいことは正しいこと。それは認めてくれた人を、見付けたと思ったのに、彼の記憶がそれを否定するものだったら……?


いや、と首を横に振る。


そんなことは関係がない。重要なことは、私が彼を好きかどうか、という点だ。彼がどんな記憶を持っていたとしても、例え私を愛していなかったとしても、受け入れてみせる。それが、私の優しだ。



覚悟したつもりなのか、言い訳のつもりなのか、そんな考えを並べた後、


私は彼の頭の中に、手を入れた。


そして、引き抜いた石は、今まで見たどんな石よりも美しいものだった。



記憶を読み取ると、圧倒的な愛情量を目の当たりにする。ここまで、愛されて、好かれて、慕われて、想われて、惚れられて、憧れられたことが、あっただろうか。


いや、これだけの気持ちを持った人間を、私は知らない。色々な男の記憶を抜き取ってきたが、これだけのものは、見たことが、感じたことがない。この愛情を一身に受けることができたのなら、どれだけの恍惚感に満たされるだろうか。



知りたい。知りたいけれど、それは絶対に知ることはない。


私のような、優しくすることしか、できない人間には。



私は石を夫の体に戻すことなく、クローゼットの奥にそれを隠す。そうやって見なかったことにするつもりだったが、記憶と言うものは、それほど都合のいいものではなかった。

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