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これに似たような恋を、何度か経験した。優しいところが好き。そんな言葉を何度も聞いたが、同じ結果を突き付けられるばかり。優しさは正しさ。優しく生きることは、正しく生きることで、誰からも認められるはずなのに、どうして受け入れてもらえないのだろう。それを知りたくて、私は彼らから石を抜き取った。


分かったことは二つ。


一つは、石がその人の持つ記憶の一部だということ。私が知りたいと思った記憶を、石という形にして取り出せる。石を抜けば、その記憶を奪うことができるが、体の中に返せば記憶は戻るらしい。


そして、もう一つ分かったことは、誰もが他人のことを強く想う石を、心の中に隠している、ということ。


ただ、すべてがあのときのように、美しい石ではなかった。歪んでいるものもあれば、汚れているものもある。そして、そこに封じられている記憶を目にして、私は思った。自分の優しさは、自分の正しさは、誰も求めていないのだ、と。



歳は三十を超え、これ以上にない大恋愛を経験する。このときも、私は生き方を変えられず、強い優しさがあれば、最後は受け入れてもらえる、と勘違いしていた。もちろん、それは通用することなく、その彼は頻繁に浮気するヒステリックな女と一緒になってた。


このときも、理由を知りたくて、男から石を取ってしまおうか、と思った。


でも、やめた。見たところで、意味はない。きっと、今までと同じような石が出てきて、どこかで見たことがあるような記憶を目にするだけなのだから。


それに、もう恋愛はいいや、とも思った。


誰かに愛してもらうこと。認めてもらうこと。一緒にいてもらうことは諦めよう。


たくさん優しさを与えても、誰も愛してくれなかった。それはとても寂しいことだけれど、諦めるしかない。それに、もう人の心から石を抜き取ることもやめよう。それは間違ったこと。誰にも迷惑をかけず、ただ粛々と生きれば良いではないか。そう決めた。



そんな決意を抱いたところで、父が倒れた。

道端で蹲っていたところを、たまたま親切な人に助けられたが、一歩間違っていたら、命を落としていたらしい。


命が助かって良かったものの、多くの負担が私の肩にのしかかった。入院に関するあれこれだけでなく、父の店のこともある。私は自分の会社へ通いながら父の骨董店と取引中の人々の相手もしなければならなかった。あまりに目まぐるしかったため、そのときのことは覚えていないが、父は退院すると感謝の言葉と共に、こんなことを言った。



「もし、私が死んだら、ここの商品は全部お前のものだ。驚くかもしれないが、金にすればけっこうな額になる。お前一人なら死ぬまで細々と食べて行けるほどの価値はあるはずだ」



それを聞いて、何かが吹っ切れてしまった。早々に人生をリタイヤしてしまおう、と。仕事もやめて、この骨董店の手伝いでも始めれば良い。そう思うと、少しだけ気が楽になった。



「私が倒れたとき、助けてくれた人を探してほしい」



退院して間もなく、父がそんな要望を口にする。難しいのでないか、と思ったが、意外にもその相手はすぐに見付かり、面会までこぎ着けた。相手の名前は会田さんと言ったが、父は彼に礼を言った直後、なぜか暗い顔を見せる日々が続いた。何があったのか気になったが、私は会田さんに礼を伝えた後も、何となくやりとりを交わし、その中で驚くべきことに気付く。



それは、まだ誰かに受け入れてもらおうとする自分がいること。そして、そんな自分を受け入れてくれる人がいることだった。



会田さんは私のような人間にも、優しくしてくれた。さらに言えば、優しくすればするほど、優しさを返してくれた。



「美奈子さんは本当に優しい。僕は今までこんなに優しい人に会ったことがなかった。でも、僕は美奈子さんが寂しそうに見えます」



彼は私の目を見て言った。



「何が貴方を寂しくさせているのか、僕は分からない。だけど、貴方が寂しくならないよう、僕が優しくしたい。死ぬまで、寂しい想いはさせません。だから、どうか結婚してください」



私が認められた瞬間だった。今までやってきたことが、正しかった、と彼は言ってくれたのだ。



そして、私は思った。彼が認めてくれるなら、他は何もいらない。彼が認めてくれることが、私の存在する理由なのだ。だとしたら、もう少し社会と向き合ってみよう、と。



それから、私たちが結婚するまで、あっという間だった。誰かに好意を抱くことは、成就しないことばかりだった私にとって、これだけ順調に物事が進むのは、少しだけ不安もあった。


ただ、結婚生活が始まると、そんな不安も少しずつ忘れられた。それだけ、幸せな日々だったのだ。私の人生の中で、最も幸せだった時期は、この頃だったと言って間違いないだろう。


愛する人が傍にいる。愛してくれる人が傍にいる。


それが、どれだけ幸せなことなのか。それを知れただけでも、私は生まれてきたことを幸福だと言えた。



ただ、その幸せは、長く続くことはなかった。

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