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「今更、何のつもり!」


迫る人形に、文香が叫ぶように言った。


「私はあのとき、待っていたのに。きっと貴方が迎えに来るって信じていた。それなのに、いつまで待っても来てくれなかったから、私は結婚を選んだんだ」


悔し気に歯を食い縛る文香。そんな彼女に思うことがあるのか、人形は足を止めた。


「確かに、私だって自分の気持ちを伝えるべきだったかもしれない。だけど、言ってほしかった。好きだから結婚するな、って言ってほしかった。結局、選んだのは貴方じゃない。それを今更…何が気に入らないの。文句を言いたいのは、こっちの方なんだから」


文香はそこで声を詰まらせ、泣き崩れた。瀬崎は思う。文香を殺させるわけにはいかない。いや、あの人形に文香を殺させてはいけない。


それなのに、人形は文香の目前まで歩み寄ると、片足を上げた。泣き伏す彼女の頭を踏み付けるつもりらしい。


だが、人形は片足の状態でバランスを保てず、よろけてから後退る。瀬崎の能力に、体が上手く動かないのだ。この状態が続けば、新藤が駆け付けてくれるまで、何とかなるかもしれない。それが理想だが、難しいことも分かっていた。立ちくらみのような感覚。それは能力を使い過ぎることで陥る息切れのようなものだった。


このままでは、自分が倒れて人形は自由になるだけだ。如月のように、人形をコントロールする異能を完全に解除するならば、直接手で触れるしかない。


瀬崎は人形の動きを封じつつ、力が入らない足を何とか前へ進めた。人形は、自分の自由を奪う力の正体が瀬崎であることに気付いているらしく、警告するように振り返る。少しでも集中が欠けたら、人形は真っ先に自分を排除するだろう。その恐怖はあるが、瀬崎はさらに前へ進んだ。


あと一歩。それで手が届く。文香と会田真司の間に何があったのか。それは分からない。でも、きっと大切なことで、十年経ってもお互い心の隅でくすぶっていたのだろう。自分には経験もないから、それがどんな想いなのか、想像も付かない。でも、もし自分にとって大切な人が、大切に想いたい人が、明日から消えてしまったら。何も伝えることなく、去ってしまったのなら。


それを考えるだけで、瀬崎は一歩踏み出すことができた。そして、手を伸ばす。人形に触れてしまえば、後は簡単なはずだ。


そのはずだったが、瀬崎の視界が急に狭まったかと思うと、真っ白になってしまった。限界を迎えたのだ。そう考える余裕すらなく、瀬崎は崩れるように、膝を折ってしまう。意識は何とか保ってはいるが、両手と両膝で体を支えることで精一杯。立ち上がるなんて、もってのほかだった。


少しだけ視界が回復するが、歪んだままで頭も痛い。そんな中、人形が自分を見下ろしていることに気付き、背中に悪寒が走った。木製の爪先が、視界の端に二つ。だが、そのうち一つが消える。文香に対し、そうしたように、頭を踏み付けようとしているのだ。一度だけなら耐えられるかもしれない。が、それで済むだろうか。


瀬崎は目を閉じることすら忘れ、ただ押し潰されてしまいそうな圧迫感に、全身の筋肉を緊張させる。

しかし、その圧迫感が急に消失し、瀬崎の視界の中に残っていた木製の爪先も、消えてしまった。代わりに現れた革靴の側面。瀬崎は、その靴の形をよく知っていた。来てくれたのだ。浮かんできた涙がこぼれてしまう前に、顔を上げた。


「良かった。間に合いました」


ずっと、待ちわびていた姿がそこに。


「瀬崎さんが、足止めしてくれていたんですね。今回は助けられてばかっりですね」


「そんなこと…ありません」


強がったつもりだが、涙がこぼれてしまう。そんな彼女に彼は言う。


「ここからは任せてください」


新藤晴人は笑顔を見せると、力強く歩き出した。

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