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時刻は午後八時。高月文香は仕事を終え、非常勤講師が使う控室を出た。

歩きながら目頭を指で押さえた。やはり、ホテル暮らしはどこか緊張が抜けず、十分に体を休められない。そろそろ自宅で眠りたい、と考えながら、エレベーターに突き当たった。



下へ降りるためのボタンを押すと、上部に設置されたインジケーターが、一階で停止するエレベーターの上昇を示す。エレベーターがやってくるまで考えた。なぜ、会田真司の名前を今になって聞くのだろうか、と。あんな姿になってまで、自分の前に現れ、何を伝えたいのか。恨み言ならお門違いだ。だって、あのとき迎えに来てくれなかったのは、真司の方なのだから…。



エレベーターが到着音を発して、顔を上げると、ほぼ同時に目の前で扉が開いた。中には、帽子を被った小柄な男が一人。こんな時間に生徒が残っているなんて珍しい、と思ったが、違和感があった。どこかで会っただろうか。違和感の正体について、数秒考えたが、いつまでもエレベーターから降りようとしない男が不気味に見えてきた。


そして、文香は気付く。男の骨格は少しばかり角張っている。そして、彼が着ている服はすべて、どこかで見たものだ、と。


まさか、と心の中で呟くと、その男はゆっくりと顔を上げた。帽子の鍔で隠れていた表情は、あまりに無機質で精気がない。



あの人形だ。

夫の部屋に飾られてた人形が、ここまでやってきたのだ。



文香の足は竦み、思考も恐怖で埋め尽くされてしまいそうだった。しかし、人形がエレベーターを降りたところで、彼女の危機を察知する本能が警告を発する。走れ、と。


文香は踵を返し、走り出した。エレベーターとは反対にある非常階段を駆け下りるが、自分の足音が空間に響く。そのせいで、人形が追ってきているのか、自分の足音が反響しているのか分からず、余計に焦燥感が煽られた。


八階から一階まで一気に駆け下りる。この大学で勤めるようになってから、一度もそんなことはしたことがなかった。きっと息が切れてしまうだろうと思ったから。でも、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。


とにかく、外に出れば誰かしらに助けてもらえるかもしれない。そう考えていたのに、最後の一段で足を踏み外す。転倒して、パニックになりながらも何とか立ち上がろうとしていると、確かに聞こえてきた。



コツン、コツン、とあの音が。

あの人形が…いや、あの男が近付いてくる。



恐怖で立ち上がり方を忘れ、それでも逃げる意思は失うことがなかった。それは、彼女の思考は恐れや危機感よりも怒りが勝っていたからだ。どうして、あの男に殺されなければいけないのだ。殺されてやるものか。絶対に思い通りになってやるのか、と。


だから、彼女は這って外に出ようとした。何とか屋外に出るが、夜の大学に人気は少ない。どこかで、部活やサークル活動に励む生徒たちの声は聞こえるが、あまりに遠い。それでも、叫ぶしかなかった。


「助けて! 助けて!」


反応はない。コツン、コツンと階段を降りる音が近付くだけだ。そして、その音も止まる。背中に視線が刺さるような感覚があった。背筋を氷でなぞられたような悪寒。動くことを忘れるほどの圧迫感。これが死の前兆だろうか。


コツン。その音がもう一度聞こえたとき、地を這う彼女の視界に、木製の足が二本、入ってきた。


「真司…!」


彼女が呟いたとき、視界からその足が一本だけ消える。嗚呼、踏み潰されるのだ。彼女がぐっと目をとしたとき、すぐ近くで誰かの叫び声が聞こえた。


その声に、一瞬遅れて、何かが地に打ち付けられる音が。はっとして目を開けると、少し離れたところで人形が倒れている。誰かが人形を突き飛ばしたのだろうか。


「先生、立ってください! 早く、逃げないと!」


そう言って彼女の腕を掴んだ人物。それは、瀬崎有栖だった。

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