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拘束されたクレアを見て、宗谷雄二郎は
「正直に話すから、彼女を自由にしてくれ」
と言った。そして、骨董屋は彼の自宅も兼ねているらしく、奥にある茶の前に通された。
「確か、あんたたちは探偵さんだったね」
諦めなのか、宗谷雄二郎の溜め息は深い。解放されたクレアはまるでボディガードのように、彼の後ろに控えていた。
「はい。高月文也さんに、あの奇妙な石を渡したのは、貴方なのですね?」
単刀直入に尋ねる新藤だが、宗谷雄二郎に誤魔化すつもりはないのか、小さく頷くのだった。
「あの石は、会田真司さんの魂と思われるものが封じられています。宗谷さんはそのことをご存じなのですか?」
「知っている」
「では、その魂が人に危害を加えようとしたことも?」
それは想定しなかったことなのか、宗谷雄二郎の表情がやや暗くなった。
「そんなことが……」
「あの石について、教えてください」
宗谷雄二郎の娘が現れ、人数分の茶をテーブルの上に置いた。その間、宗谷雄二郎は黙っていたが、娘の姿が消えると、彼が隠していた石の秘密を語り始めた。
宗谷雄二郎は今でこそ健康だが、十年前は体の不調が所々に見られ、自身の生活を見直すよう、娘から口煩く言われていた。この頃は、骨董屋も一人で営んでいたため、体の負担は相当のものだったのだ。
そんな日々の積み重ねにより、宗谷はある日、道端で経験したことのない胸の痛みと息苦しさを感じ、その場に蹲ってしまった。
そんな彼を救った人物が、会田真司だった。道の端で今にも倒れそうな宗谷を見ても、誰もが関わるまいと、その場を素通りしたが、会田だけが彼に声をかけ、救急車を呼んで病院まで付き添った。後で知ることだが、後何分か措置が遅ければ、宗谷は死んでいたそうだ。
宗谷は病院に運び込まれ、朦朧した意識の中、ベッドの横に座る会田の姿を確かに見た。子供のように、涙を流して嗚咽を漏らす男。何がそこまで悲しいのか。不思議でたまらなかったが、過去の自分も同じように涙した記憶があったことを、ぼんやりと思い出していた。
目が覚めたとき、その男の姿はなかったが、命を救ってくれたその人にどうしても礼が言いたかった。娘に探してもらうと、数日で会田の連絡先が分かり、礼を言う機会を得る。高級店で食事を振る舞い、宗谷は何度も礼を言った。
「しかし、あのとき…どうして泣いていたのですか?」
礼を言いたいと同時に、どうしても聞きたいことがあった。病院に運び込まれた直後、朦朧とする意識の中、傍らで激しい悲しみに暮れる、会田の姿。あれは、自分のせいではなかったのか、と。
「聞いてもらうほどのことでは、ありませんよ」
最初は苦笑いを浮かべて誤魔化す会田だったが、自分のせいで何か大きな損失があったのでは、と宗谷がしつこく聞いたこともあり、あの日のことを話すのだった。
「実は、ずっと好きだった人に…プロポーズする予定だったんです」
宗谷は予定を狂わしてしまったことをもう一度謝罪し、会田が再びプロポーズできるよう、彼を勇気づけようとしたが、首を横に振られてしまった。もう遅い、と。
「最後のチャンスだったんです。あの日、僕が引き止めなかったら、彼女は結婚の意志を固めると言っていたので」
「しかし、まだチャンスはあるはずです。事情を話せば、理解してもらえるはずでしょう。諦めないでほしい」
「既に連絡も取れない状態で……。見限られてしまったんです」
沈黙が流れ、宗谷は思った。
若い人間の情熱を、自分が壊してしまった。
この結果が、今後、彼の心にどれだけの暗い影を落とすことになるのだろうか。宗谷は自分に似たような経験があっただけに、強い責任を感じた。しかし、会田は言う。
「どっちにしても、駄目な話だったんです。自分は、昔から彼女を怒らせてばかりで、信頼関係は崩れつつあった。それでも、何もしなかったのですから。今回のことだけじゃなく、ずっと彼女の期待に応えてこなかった。そういう積み重ねの上、こういう結果になってしまっただけなんですよ。だから、これ以上、宗谷さんに自分を責めて欲しくはありません」
宗谷にできることはない。
二人は料理店を出て、別々の方向へ歩き出した。二人はただ助けた人間と助けられた人間、という関係性で、もう二度と会うことはない。
宗谷はそう考えていたが、二人の関係は途切れたわけではなかった。




