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宗谷雄二郎は小さな商店街で父から受け継いだ骨董屋を四十年近く営んでいる。大した儲けはないが、七十に近い老人が一人食べて行く程度であれば十分だ。
この店を受け継いだ当時は、嫌で堪らなかった。本当は父の言うことなど聞かずに、恋に落ちた女性と田舎で新たな生活を始めるつもりだったからだ。
今でも思う。あのとき、彼女と一緒にこの地を離れる決断ができていたら、と。
「お父さん、そろそろお店、閉めようか?」
棚の後ろから娘が顔を出した。
「うん。そうしよう」
答えると、娘は店の外に出た。
外に置いてあるちょっとした商品を中に移動させるためだ。
娘が店の仕事を手伝い始めたのは五年ほど前のこと。この仕事を継ぐのも悪くない、と言い出したときは嬉しかった。
今も娘が一生懸命に商品を移動させている背中を見ていると、この道を選んで間違いなかった、と思える。
ただ、そんな宗谷雄二郎は娘に二つの隠し事があった。一つは、母よりも強く惚れ込んでいた女性がいたこと。もう一つは――。
「あれ。そう言えば、クレアちゃんはまだ帰っていないの?」
娘が戻ってきて尋ねる。クレアとは、餓死寸前で倒れていたところを助けたことがきっかけで、店を手伝わせている異国の若い女だ。
「そろそろ帰ると思うけど、確かに遅いね」
老人は腰を上げてから、カウンターを出て、店の外まで移動する。クレアの姿を探して、左右を確認してみたが、以前よりも人通りが減ってしまった商店街の静けさを感じるだけだった。
「後は鍵を閉めるだけだよ。どうする?」
再び娘から声をかけられ、振り返る。
「クレアが帰るまでもう少し待ってみる。美奈子は先に帰っていいよ」
「分かった。本当にクレアちゃん、遅いね。今日の夕飯はご馳走だからって言ったら、あんなに喜んでいたのに」
「どうしたんだろうね。でも、何でも手際の良い子だから、そろそろ帰ってくるさ」
「確かに、そうだね」
老人は微笑んでから頷き、夕暮れの商店街を歩く娘の背中を見送った。娘の背中が見えなくなっても、老人は彼女に対する同情の念を消せず、深い溜め息を吐く。
この罪悪感を消すために、クレアを巻き込んでしまった。だけど、必要なことだ。自分の感傷で誰かが不幸になっていいわけがないのだから。そのためにも、クレアにはもう一度助けてもらわなければならない。異常なまでに身のこなしが軽い娘だ。きっと、次こそは成功してくれるはずだ。
クレアに期待を抱き、彼女の姿を夕暮れの中から探し出そうとする老人だったが――。
「店長、申し訳ない」
背後から聞こえてきたクレアの声に、口元をほころばせながら振り返る老人だったが、その表情が凍り付くことになる。
なぜなら、クレアは一人ではなく、スーツ姿の男に拘束された状態で帰ってきたからだ。隣には赤い髪の派手な女。
いつだか訪ねてきた、探偵の二人組だった。




