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正体を現したときのクレアの顔は、何と表現すべきだろうか。怒っているようでもあれば、恥じらっているようにも見える。
ただ、次の瞬間、彼女が見せた怪力は、火事場の馬鹿力だったことは間違いない。体重をかけた新藤の拘束を弾き飛ばし、素早く立ってみせたのだ。
「どうして、泥棒なんて!」
新藤はクレアと向き合いつつ、溜め息を吐く。
「もしお金に困っているなら、僕に相談してくれればよかったじゃないですか。仕事も紹介しますし、生活が安定するまで、ある程度なら支援しますよ。それなのに、小金欲しさに泥棒なんて……」
「う、うるさい!」
次にクレアが見せた表情は、明確な怒りだった。同時に、爪先が跳ね上がる。彼女の怒りを証明するような、勢いある蹴りが新藤の頭部を狙ったのだ。
しかし、新藤からしてみると、クレアは一度完全に制圧した相手である。不意打ちとも言えるその蹴りも、軽く身を反らして躱して見せた。
「何ですか今の蹴りは? ちゃんと食べてないでしょう。以前に比べて鋭さが足りない!」
まるで、口煩い親のような新藤だったが、クレアは返す言葉がないのか、歯を食い縛るような表情を見せる。
「ここは見逃してあげるから、今度ちゃんと事務所に来るように。ほら、僕の名刺だから」
そう言って新藤が差し出した名刺を案外素直に受け取るクレアだったが、一秒ほどそれを見つめた後、鋭い目付きを向けてきた。
「いるか、こんなもの!」
名刺を新藤の顔面に向かって投げつけるが、それは手裏剣のように回転し、ある程度の危険性を含んでいた。もちろん、そんなものが新藤に躱せないわけがないのだが、一瞬顔を逸らした後、再びクレアの方を見ると、彼女の姿はどこにもなかった。
「しまった、異能力を発動させたか…」
新藤は口惜し気に呟く。彼女が本気で隠れたとしたら、如月でもなければ、見付けることは不可能だ。彼女はそういう異能力の持ち主なのである。
「何か困ったことがあれば、事務所まで来ること! 犯罪は絶対に駄目ですよ!」
恐らくは、まだ近くにいるだろうクレアに向かって言う新藤だが、リアクションは皆無だった。
屋敷に戻ると、如月を含めた全員が、文香の部屋の前にいた。最初に声をかけてきたのは、高月だった。
「どうやら、逃がしてしまったようですね」
明らかに揶揄するような響きが含まれている。
「面目ないです」と肩を落とす新藤。
ただ、懐に隠した目出し帽の存在が後ろめたく感じた。情けない姿を見せる新藤に追い打ちをかけたいのか、高月は言う。
「きっと、泥棒の腕っぷしに叶わなかったのでしょう。仕方ないですよ。相手は凶器を持っているかもしれませんからね。まぁ、そんな泥棒も私相手には逃げるしかなかったようですが」
新藤は無感情に笑顔を浮かべた。
高月はそれが気に入らないのか、目付きを鋭くした後、溜め息を吐いた。
「それより、私の部屋のドアとコレクションの一部が、なぜ壊されたのか。それをしっかり説明いただきたい。まさか、幽霊がやった、とでも言うのですか?」
「恐らくは、その通りです」
新藤の返答に、高月は呆れたのか肩をすくめた。新藤と如月がやった、と思っているのかもしれない。恐らく如月から、幽霊の仕業によって人形が動いた、と聞いているはずだが、少しも信じていないようだ。
「では、妻が襲われないよう、朝まで警護を?」
「また現れるかもしれないので、そのつもりです」
「……では、私の部屋のドアが破壊された経緯や今後の方針を朝までにまとめておいてください。九時には家を出るので、その十分前に聞かせていただきます。それでは」
高月は、それ以上話を聞くことはないと判断したのか、その場を去った。闇の中へ消えて行く、高月の背中を眺める新藤。
「いけ好かないタイプだな。一発ぶん殴ってやろうか」
その呟きに、新藤の肩が持ち上がる。
気持ちを口に出したつもりはない。そもそも、そんなことは考えてはいない、はず……。
「そう思ったでしょ、新藤くん」
横を見ると、呟いた張本人である如月が、無邪気と言えるような笑顔を見せていた。




