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「痛いっ!」
優花梨が突然、右肩を抑えた。何かで強く打ったような、そんな様子だった。
「大丈夫?」
新藤は慌てて彼女の横に屈み、肩の状態を確かめた。触った感じだと、酷く腫れている。まるで、鉄パイプで殴られたかのようだ。
「たぶん…もう一人の私に、何かあったんだと思う」と優花梨は言う。
新藤が最初に思い浮かべたのは、例の殺し屋だった。しかし、飯島のアリバイを作るために、すぐに百地を殺すことはないはずだ。そこまで考えて、新藤は百地を狙う人間が、もう一人いることを思い出す。
「成瀬さんか…」
同時に、今日の午前中、成瀬が新藤の目の前で、堂々と如月に迫った勝負とやらを思い出した。不平等な勝負を押し付けられたのだ、と思うと怒りが込み上げてくる。
「優花梨さん、百地さんの場所は分かる?」
「うん、大体だけれど…」
「お願いだ。そこまで案内してほしい。僕は百地さんを助けなければならない」
「でも、ヒロが…」
「木戸くんなら大丈夫。彼の頑丈さは、君が一番分かっているはずだ」
優花梨は倒れた木戸を見て、新藤を見た。迷っているらしい。彼女は決断できず、俯いてしまった。新藤がどう説得すべきか考えていると、優花梨は呟くように言った。
「きっと…あの女は、危険な目に合っているんだよね」
「うん、だから…助けに行かないと」
優花梨はまた黙り込んでしまった。
「優花梨さん?」
新藤の声に反応せず、彼女はただ震えている。それは、先程見せたような、恐怖からの震えとは違うようだった。
「私は…私は行かない」
優花梨の震えた声。新藤は彼女の考えを理解する。
怒りだ。恨みだ。復讐だ。
「あの女は、ヒロのことも、私のことも、裏切ったんだ。だから、苦しんで死ねば良いと思っている。どこの誰かは知らないけど…あいつを苦しめて殺してほしい。私は絶対に、あの女を助けたくない。助けたくなんかない!」
優花梨は拳を作ると、それを新藤の胸に叩き付けた。
「新藤くんは、あのとき私を助けてくれなかったくせに、どうしてあの女を助けようとするの! さっきは私の力になってくれるって言ったじゃない。だったら、助けてよ。今、あの女を見捨てて、私を助けてよ!」
顔を上げる優花梨。
だが、そこには優しさも迷いもない新藤の表情があるばかりだ。
それを見た優花梨は、再び涙を流す。
別々の道を歩き出してから、約十年。優花梨がどんな人生を歩んだのか、新藤には知る由もない。だが、彼女は戻れないところまで、来てしまったのだろう、と思った。
彼女を助けたい、という気持ちはある。だけど、新藤が今やるべきことは、それではないのだ。彼女にかけるべき、最善の言葉は何だろう。新藤は自分の狡猾さに少し罪悪感を覚えながらも、口を開いた。
「百地さんに何かあったら、たぶん優花梨さんも無事では済まない。木戸くんが目を覚ましたとき、優花梨さんがいなかったら、彼にとって辛いことだよ。それに、優花梨さんだって、木戸くんに労いの言葉くらい、かけたいはずだ」
優花梨は一度視線を落としてから、倒れたままの木戸を見た。ぼろぼろの彼を見て、彼女は何を思っただろうか。優花梨は覚悟を決めたように小さく溜め息を吐くと、新藤に言った。
「……わかった。新藤くん、私を連れて行って」




