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新藤と如月が動く人形を目撃する少し前。


クレアは高月邸に侵入していた。数々の富豪や武装組織の拠点に侵入した経験がある彼女にとって、高月邸のセキュリティは大したものではない。


姿を見られることも想定し、黒服に目出し帽を被っているが、誰の目にも触れられることはないだろう、と彼女は考えていた。


殆ど正面から入り込み、目的の部屋を探すが、屋敷の中が騒がしいことに気付く。何かトラブルが起こっているようで、屋敷の中にいる人間も聞いていた数より幾分多かった。


トラブルは吉と出るか、凶と出るか。


「――くん。あいつ、逃げたぞ!」


廊下を忍び足で進むと、誰かが慌てている声が聞こえてきた。


「えっと……追いかけましょう!」


もう一人の声。

これには聞き覚えがある気がした。


妙な感じだ。胸が騒ぐ。


ただ、騒いでいた二人組の気配は離れて行ったため、何者なのか確認することもできなかった。


それでも、声があった方へ近付くと、安全確認するように、ドアを開けて顔を出す少女の姿を見た。年齢は自分と変わらない程度。事前にもらっていた情報では、この屋敷に住む女性は高月文香という人物のみだが、彼女ではないだろう。


「――さん、どこかへ行っちゃったみたいです」


少女は部屋の中にいる誰かへ声をかけながら、ドアを閉める。状況や会話の断片から推測すると、自分の他にも侵入者がいる、ということだろうか。だとしたら、混乱に乗じて目的のものを手に入れられるかもしれない。


そんなことを考えていると、足音らしいものが聞こえてくることに気付いた。


しかし、足音と言うにはどこか重々しい。小さめの鉄の塊を床に落とすような音だが、リズムや移動速度から言って、足音に違いなかった。そして、その足音の正体を目の当たりにする。


それは、南米風の格好をした、男性の人形だった。


大きさも、普通の人間の男性と変わりなく、無表情であることを抜けば、まるで本物だ。人形は何かを探すようにゆっくりと歩いていたが、足を止める。それは、あの少女が閉ざしたドアの前だ。


人形はドアの方を向いて、右の拳を顔の前まで持ち上げると、それを勢いよく振るう。ノックするような動作ではあるが、今にもドアに穴が開いてしまいそうな音が廊下に響く。


実際、何度かそれが続いた後、ドアに大きな穴が開いた。そして、人形は穴に腕を入れ、鍵を開けようとしている。


人形が動く、という奇妙な現象に、それなりの動揺はあったが、状況を見守るクレアは、これから何が起こるのか想像した。まさか、人形は中にいる人間に襲い掛かるつもりなのか、と。


人形がドアを開けると同時に、部屋の奥から悲鳴が聞こえた。恐怖のあまり腹の底から出たような叫び。

あの少女が何者かは知らない。もちろん、部屋の中にいるもう一人の人物は、顔すら知らない。放っておいて、かまわないはずだ。それなのに、頭の中で声がする。


殺すな。


約束というわけではない。

どれだけの想いが込められ、そう言われたのかも分からない。無視しても良いはずだ。


それなのに、この言葉に反する行動や決断を下した瞬間、何か大きなものを失ってしまうような気がした。


クレアは部屋の中へ飛び込む。部屋の奥で身を寄せ合うように縮こまっている、二人の女性は、クレアの姿を見て、再び声を上げた。不気味な人形に続いて怪しい目出し帽の人物が現れたのだから突然だろう。

二人の方を見ていた人形が、ゆっくりと振り返った。無表情の顔だが、不気味さが有り余っている。


先制攻撃。


事情を把握しているわけではないが、これだけ不気味で得体の知れない人形なのだから、悲鳴を上げる二人の女性に危害を与えないわけがないだろう。


クレアの拳は、完全に人形の顎を捉えた。普通の人間であれば、意識を奪えるほどの鋭い一撃だったが、人形は文字通り表情を変えることなく、クレアを見つめてきた。


嫌な感じだ…と本能が訴えるとほぼ同時、人形の前進した。クレアは反射的に距離を取った。まずは、相手の力量を見極めてから戦いたいところだが、人形を有無を言わさずと言った様子で前進してくる。


これにはクレアも動揺して、後ろに下がらずを得なかった。両手を伸ばした人形は、クレアに掴みかかろうとする。このまま後退するだけでは、壁際まで追い詰められてしまう。それを避けるためにも、クレアは一瞬の隙を狙って人形の膝頭を踏み付けるような蹴りを放った。人形がバランスを崩して前のめりになったところを、顔面に向かって膝を突き上げる。


決まった、と確信するクレアだったが、彼女の足に絡みつく人形の腕を見て、血の気が引いていく感覚があった。膝蹴りを放ったため、片足で立っていたクレアは、引きずり込まれるように、押し倒されてしまう。


すぐにでも立ち上がろうとしたが、人形の腕が絡みつき、そうはさせてくれない。自由な方の足で、人形を蹴り付けるが、手応えはあっても向こうは少しも怯んではくれないため、すぐに抑え込まれてしまった。両手を使って抵抗するが、人形は這い上がるようにして、あっという間に馬乗り状態を取られてしまう。


身をよじって、何とか離脱しようとするが、人形は上手く体重をコントロールして、それを許してはくれない。無表情な人形の瞳が、クレアを見下ろす。この状態であれば、鉄槌のように拳を落とされるだろう。


人形は木製だろうか。きっと硬いに違いない。その拳を何発受けて、意識を保っていられるだろうか。クレアは現状を打破する方法を考え、頭を回転させるが、何一つ良い案はなかった。

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