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「新藤さん、何か叫んでない?」とベッドの上から文香の声があった。
「叫んでましたね」
瀬崎は答えつつ、苦笑いを浮かべた。きっと、高月に言われたことを気にして、未だに立ち直れずにいたところを、如月に叱られたのだろう、と容易に想像ができてしまった。
彼らとの付き合いは決して長くないが、何度か事務所に訪れただけで、その人となりは理解したつもりだ。特に分かりやすい性格の新藤については。
瀬崎は、文香に用意してもらった簡易ベッドの上で想像する。新藤が如月に責められ、あたふたする様を。そうしていると、自然と頬が緩んでしまうのだった。
十分ほど沈黙が続いた。
自分がいることで文香が少しでも安心して眠れると良いのだが、と思っていると、彼女が寝返る音が聞こえてきた。
「ねぇ、瀬崎さんって…」
眠れないのか、文香が声をかけてきた。
「もしかして、新藤さんのこと、気になっているの?」
「えっ?」
唐突な問いに、思わず言葉に詰まる。何か言わなくては。そう思えば思うほど、喉が詰まって行くようだった。
文香にとっては、そのリアクションだけで十分だったのか、クスクスと笑い声が聞こえる。
「やっぱりそうなんだ。でも、どうして? 探偵さんに恋するなんて、ちょっと珍しいことだと思うけれど」
瀬崎は頬を赤く染めながら、新藤と出会った経緯を簡単に説明した。
「新藤さんのおかげで、父と親子になれたんです。あの人が背中を押してくれなかったら、きっと今でも家族という存在を羨むだけで、何もできなかった。だから、新藤さんは色々な意味で恩人なんです」
「それで…知れば知るほど、彼に惹かれた?」
「……そういうことに、なるんですかね」
照れる気持ちを抑えるだけで、こんなに疲れるとは知らなかった。新藤と知り合ってから、今まで知らなかったような感情ばかりが浮かぶ。殆どは、自分の活力になるポジティブなものだが、嫌な気持ちになることもある。
例えば嫉妬。
新藤と違って、人間性が掴みにくい如月が、気になって仕方がなかった。
「なんだか、そういうの……良いね」
自分の感情に戸惑う瀬崎に、文香は言う。
「誰かに、そういう気持ちを持ったの、何年前のことだろう」
「……あの、ここ最近は旦那さんと上手く行っていないのですか?」
デリケートな部分であることは、もちろん分かっている。しかし、ここ数時間の中で、文香が見せる言動から、そう感じざるを得なかった。
そして、そこに触れなければ、文香が抱える精神的な問題を解決することはない、と瀬崎は判断し、踏み込んでみたのだった。
怒らせることも、あるかもしれない。そんな不安もあったが、文香は「そうだね」と穏やかな声色で呟く。ほっとしたのも束の間。次に発した文香の言葉は、明らかに冷え切ったものだった。
「最近も何も、あの人と上手く行っていた時期なんで、出会ったときから一度もなかったから」
そして、文香の暗い感情と過去に誘われるように、幽霊が現れるのだった。




