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高月文也は長身でやや色が黒く、手足が長かった。体の線を見て「この人は鍛えている」と新藤は分かった。
「探偵さんですか? 霊能力者ではなく?」
どういう意味を込めたのか、高月は小さく鼻を鳴らすように笑う。
「はい。探偵です。ただ、安心してください。うちは奇妙な事件について得意中の得意でして」
「そちらは?」
高月の目は、新藤の後ろにいる如月と瀬崎に向けられている。
「所長の如月です。こちらは、奥様の職場の生徒さんです」
如月が最低限の笑顔を見せつつ、軽く頭を下げる。瀬崎についてはしっかりと名乗ってから頭を下げた。高月は先程とは違って、人当たりの良い笑顔を見せていた。
「このあと、知人と約束があるので、なるべく早く済ませたいのですが」
「このあとですか?」
仕事から帰ってきたばかりだが、用事があるらしい。
「はい。今日中に話を進めておきたい仕事があるのです」
「分かりました。無駄に時間をいただくことがないよう、最善を尽くします」
しかし、高月の部屋を調べても、幽霊の招待は判明しない、という恐れは十分にある。もしかしたら、明日の朝まで幽霊が現れる瞬間を待ち続けることもあるだろう。
だから、すぐには帰らないことを遠回しに伝えてみたのだが、高月はあからさまに嫌な顔を見せた。
「私のコレクション部屋を見たい、ということでしたよね。すぐに案内します」
最後の部屋の扉が開く。
そこには、ガラスのケースがいくつも並び、美術品らしきものが収められていた。
ただ、新藤からしてみると、どれも価値があるようには見えないものばかりだ。中には、意味不明のものもある。
特に新藤が理解できなかった美術品は、木製の人形だ。
十体の人形が二体ずつ座っている。二体でセットになっているのか、顔の装飾によって男女の対になっていることがわかった。また、世界各国の民族衣装を再現しているのか、それぞれ少し変わった服を着せられているのだが、新藤からしてみると、ただ不気味でしかない。
「これだけの美術品を集めるなんて、僕には一生かけても稼げないような額なんだろうな。高月さんのご活躍は耳にしています。やはり、僕なんかでは想像できない苦労を重ねてきたんでしょうね」
先程から高月は、煩わしいと言わんばかりの態度だったため、機嫌を取るつもりで感想を述べてみた。しかし、高月は特に表情を変えずに言う。
「金を稼ぐなんて、大した苦労は必要としませんよ。要はやり方です。人の感心や共感が集まりそうなスキームを作り出せば良い。今はアイディアさえあれば、専門の人間に外注して、何でも形にできますから、後はトライアンドエラーを繰り返して、最適化するだけです。それが終わったら、運用は他人に任せて、自分は次のフィールドに移り、またスキームだけ考える。それだけで金は稼げます。少し頭を使うだけなので、何の苦労もありません」
「そ、そうですか」
本当に簡単なことなのだろうか。
新藤は特に追及すべきではない、と判断した。
すると、高月の方から話題を振ってきた。
「しかし、妻が探偵を雇うなんて意外でした。前回、霊能力者を雇ったとき、徒労に終わったので、もう諦めたと思っていましたよ」
「その霊能力者さんは、どのような見解だったのですか?」
「自分には手に負えないと言って、帰りました。ただ、それなりに名の知れた霊能力者を雇ったんですよ。なんとか玄勗って言う。ご同業なら聞いたことあるのでは?」
「我々は探偵なので」
「ああ、そうでした」
新藤は引きつった笑顔を浮かべながら、皮肉のつもりなのだろう、と考える。もしかして、霊能力者と名乗ろうが、探偵と名乗ろうが、幽霊なんて目に見えないものを商売にしているということは、詐欺師みたいなものだ、とでも捉えられているのだろうか。
新藤は美術品を調べてみたが、何も分からなかった。如月の方を見るが、心底興味がないらしく、無表情である。十分ほど美術品を見てから、如月に耳打ちする。
「どうですか、如月さん」
「うーん……異常はない、と思うけれど」
如月は美しい石の前で腕を組んでいた。気になるようだが、明確な異常はないらしい。
だとしたら、調査は一歩も進まないことになる。もう一度、すべての美術品を改めるべきか、と迷っているところ、高月が溜め息を吐いた。
「そろそろ、良いですか? 重要な商談なので、これ以上押してしまうのは困ります」
「す、すみません」
確認のつもりで如月の方を見ると、彼女もこの部屋で何かを見い出すことは難しいと感じているらしく、小さく頷くのだった。部屋を出て、高月は忙しない様子で鍵を閉めると、足早にリビングの方へ歩き出し、早口で言った。
「何か成果はありましたか?」
「いいえ。今のところは……」
「そうでしょうね。まだ、調査を続けるつもりですか?」
「はい。まだ幽霊の足音すら聞いていないので、深夜までお邪魔してしまうかもしれませんが」
「そうですか。他に、調査したい場所があれば、すべて妻へ言ってください。私は商談の後も、片付けておきたい仕事があるので、協力はできません」
自分の家で、しかも自分の妻が何らかの事件に巻き込まれていることを知りながら、感心がない高月に対し、新藤は思わず口を出してしまう。
「しかし、奥様は精神的に参っているようです。仕事が大変だと言うことは、もちろん理解しますが、もう少し傍にいてあげた方が、奥様の不安も軽減されるのではないでしょうか」
高月は一瞬だけ振り返り、新藤の顔を確認したようだったが、何も言わず視線を戻す。もう一押しすれば理解してくれるかもしれない。そんな淡い気持ちを抱き、遠慮しつつも思い切って言ってみた。
「お金よりも大切なものが、あるはずですから」
月並みの言葉だが、新藤は心の底からそう思っていた。誰が見ても、誰が聞いても、そう判断するような状況であると確信していたのだ。
しかし、高月は足を止めて振り返ると、新藤の顔をまじまじと見てから、笑みを浮かべた。それは明らかに、新藤の思考を嗤うものだった。
「そういう価値観を持ち出す方は珍しくありません」
静かではあるが、明らかに攻撃性を含み、そして速い口調で高月は言う。
「しかし、私に言わせると、そういった考えは社会の仕組みを理解していない、と評価せざるを得ません。結局は金です。
何かを得るためには金が必要、ということはもちろんですし、誰かを守るためにも、金が必要です。実際、金がなければ、貴方たちを雇って妻を守ることもできない。
今の社会では金と強さはイコールですよ。資金が潤沢であればあるほど強い。強ければ、社会からも個人からも高く評価され、愛する人間だって守れる。
金を優先することを批判する人間もいますが、それは金に守られていることに気付いていないだけです。ただの甘えですよ。この社会における強さが何か。それを理解できていない人間の言い訳です」
「えっと、私はそういう話をしているのではなく…」
もっと簡単な話だ。
新藤はそう言いたかったが、高月は畳みかけるように続けた。
「貴方の顔を見て、言動を見て、私はすぐに理解しました。自らの弱さを隠すため、優しくあろとするタイプだ。しかし、そんな優しさが何を守れると言うのでしょうか。かつては、私の周りに貴方のような人間はたくさんいましたが、誰一人として残っていませんよ。彼らは私に付いてこれなかったのです」
新藤は返す言葉なく、高月の顔を見たまま、茫然とするばかりだった。それを見た高月は、勝ち誇るように鼻を鳴らすと、さらに付け加えるのだった。
「まぁ、幽霊とやらが物理的に妻へ危害を与えるようなことがあれば、私だって物理的に対処しますよ。そんな機会があれば、貴方にも本当の強さと言うものを見せてあげましょう」
高月は不敵な笑みを浮かべたまま、それを見せる瞬間が楽しみだと言わんばかりに、自分の拳を撫で回すのだった。




