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高月文也の屋敷は驚くほど豪勢なものだった。

都心からやや離れてはいるが、かなり広い敷地に建てられた西洋屋敷は、とんでもない金を必要としただろう。


車を降りた新藤は、屋敷を見上げて言葉を失った。


生活とは……。

そんな疑問を中心に、頭の中にさまざまなワードが駆け巡る。


「ここ、本当に人が住む場所なのかな…」


「あの、新藤さん?」


「え? あ、はい。何でしょう」


隣にいた瀬崎に声をかけられ、何とか現実に戻る新藤。


「大丈夫ですか?」


心配する瀬崎に答えたのは、二人に遅れて車から降りた如月だった。


「彼は大丈夫だ。ただ、圧倒的な格差を目の当たりにして、脳の処理が追いついていないだけさ」


「如月さん、言葉にしないでください。気が滅入ってしまうので」


「なぜ気が滅入るんだ。君が馬車馬のように働けば、いつかこんな豪邸に住めるかもしれないぞ」


「何年後の話なんですか、それ」


新藤は溜め息を吐いてから、瀬崎の方を見た。


「しかし、瀬崎さん…一緒に来て大丈夫ですか? 異能力が関係しているとしたら、また危険な目に合うかもしれませんよ」


「私は大丈夫です。それより、高月先生が不安だと思うんです。だから、ちょっとした顔見知り程度かもしれませんが、私がいるだけでも少しは気持ちが楽になるかな、って」


「はぁ、良い子ですねぇ。ご両親がしっかりしていたんですね」


感心する新藤の後ろで、如月が


「ただの似た者同士なだけだろ」


と呟くが、二人には聞こえていないのか、どんどん前へ進んだ。




依頼人である、高月文香は門の前で合流する予定だったが、その姿はない。恐らく、一人で屋敷に近付くことすら避けたいのだろう。彼女が姿を現したのは、五分後のことだった。


「本日はよろしくお願いします」


「いえ、こちらこそ」


「瀬崎さんも、本当にありがとうね」


「微力ですがお手伝いします!」


簡単な挨拶を済ませ、屋敷の中へ進む。


外から眺めただけでも豪勢だった屋敷は、内側も財力を見せつけるような絢爛ぶりだった。絵画、彫刻、壺、意味不明なオブジェ。


金持ちの家、と言われて連想しそうな品物なら何でもあるのではないか、と新藤は思った。


「世の中は不景気と言いますが、お金って集まるところには集まっているんですね」


「……この世界の経済システム、一から作り直した方がいいんじゃないかって思うくらい、偏っているな」


流石の如月も面を喰らったのか、そんな感想を漏らした。


その後も、二人は通路を進む度に、この世界の格差について、声を潜めて語り合ったが、幽霊が訪れたと言う文香の部屋に辿り着く。


「すみません、少し散らかっているのですが」


文香はそんなことを言うが、部屋は塵一つないのでは、と思うほど片付いている。彼女がいない間も、ハウスクリーニングが入っていたのだろう。


部屋は豪華であること以外、特に変わった様子はない。新藤も如月に視線を送り、何か意見はないか問いかけたが、彼女も首を横に振るだけだった。


「この部屋は特に異常はないようですね。他の部屋も見せてもらってもいいでしょうか?」


「もちろんです」


各部屋を回るが、どこも異常らしいものはない。如月も何かを感じ取ることはないようだ。


「あの、この件についてご主人は何か仰っていましたか?」


「いえ、興味はないようです。今日も仕事で夜も帰りません」


このときの文香の表情は見えなかったが、声色は非常に冷淡だ。仲が良くお互いを気遣っている夫婦、と言うわけではないのかもしれない。


「あの、私は気にしていませんから」


新藤の表情から心の声を察したのか、文香は言う。


「あの人は、人生に必要なものはお金だけだと考えているんです。私もその恩恵を受けていることは確かなので、心無い扱いを多少受けたとしても、今更何も思いません」


文香は笑顔を見せるが、新藤はどんな顔をすれば分からなかった。


「これも、確かな幸せの形だって、私は納得しているつもりです」


「もちろん、はい。そうだと思います」


と新藤はコメントを返した。


ほぼすべての部屋を回ったが、やはり異常らしいものは見つからない。どうしたものか、と新藤が一人頭を捻っていると、瀬崎が言った。


「先生、あそこの部屋は…案内していただけないのでしょうか?」


何部屋も回ったため、気付かなかったが、どうやら回っていない場所があったらしい。


「夫のコレクションがある部屋なので、許可なく人を入れられなくて…。申し訳ないです」


文香が頭を下げた。


「コレクション?」


「はい。美術品です。その辺に飾られている美術品とは、桁違いの価値のものが保管されている部屋らしくて。私も彼と一緒でないと入れないんですよ」


まだ金目の物があるのか…

と新藤は、顔が青くなってしまいそうだったが、何とか冷静を装う。


「分かりました。ただ、今のところは異常がないので、可能であれば後でご主人の許可を得てから調べさせてもらいたいと思います」


「はい。主人が同行していれば、問題はないと思います」


広いリビングに案内され、文香が入れたお茶を飲みながら、詳しい話を聞くことになった。


「初めて妙な足音を聞いたのは二週間前のことでしたよね? それ以前に、この屋敷で何か奇妙な出来事はあったのでしょうか?」


新藤の質問に高月夫人は首を横に振る。


「いいえ。もう五年以上は住んでいますが、初めてのことです」


「だとしたら、二週間前に何か変化はありませんでしたか? 例えば誰かご夫婦以外の人物が入った、とか」


「ハウスクリーニングの方が出入りしますが、もう何年も同じ方にお願いしてします。後は主人の取引先の方とか、美術商の方も……」


不特定多数の人間が出入りするとしたら、そこから怪しい人物を見つけ出すことは、現時点では無理があるだろう。


「ご主人の方に変化は? そうだなぁ、新しい趣味を始めたとか、そういう些細な変化でも」


「それもありません。あの人は無趣味な人ですから。あのコレクション部屋が唯一の拠り所みたいです」


その他にも、いくつか質問を重ねたが、幽霊の正体につながるようなヒントは得られなかった。だとしたら、幽霊が現れるまで待つしかない。それは、文香にとって苦痛な時間を強いてしまうことになるだろう。実際、彼女はちょっとした物音でも過剰に反応し、すぐに疲弊した表情を見せた。


それから三時間ほど経過して、ようやく高月文也が帰宅した。

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