表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
220/251

あのとき、彼女に好きだと伝えていたら。

何年も経った今でも、そんなことを考えて、後悔し続けている。だからと言って、今の人生が不幸なのか、と問われたら、僕は否定するだろう。だって、幸せな日々を送っているつもりだから。


それでも、ふとした瞬間に考えてしまうことがある。あのときの僕に、もう少し勇気があれば、今でも僕の隣に彼女がいたのかもしれない、と。


その頃の僕はまだ大学生で、夢があった。役者になりたい、という夢だ。そして、その夢について彼女の前で語ることもあった。だが、それを聞く度に彼女はこんなことを言ってからかった。


「君みたいな冴えない男子は、もっと堅実に生きるべきだよ」


悪戯に笑う彼女。その度に僕は、不機嫌になったり自慢話をしたり、彼女の言葉を否定しようとした。


でも、本当は彼女に認めて欲しかっただけ。周りから美人ともてはやされ、性格も良いと評判の彼女に、見合うだけのスペックが自分にはある、とアピールしたかったのだ。


そんな浅はかな考えを知ってか知らぬか、むきになって饒舌になる僕を見て、彼女はいつも笑っていた。


そして、彼女は僕の夢を応援してくれていた。役者募集の情報を見付けては、せっせと足を運び、打ちのめされて帰ってくる僕に、彼女は真っ先に声をかけてくれる。


「君が追う夢は、簡単に叶うものじゃないって、自分でも分かっているでしょ? だからこそ本気になれる。自分でもそう言ってたじゃん。根気強く、一歩一歩前に進めば、きっと何かが待っているよ」


有り難いと思う一方、妙なプレッシャーを感じてわずわらしいと思うこともあった。


お前、本当はあの人とそういう関係なんだろ?


僕たちの関係を見て、こんな感じで茶化す人間もいたが、その度に僕は否定した。僕たちはそういう関係になるべきではない、と思っていたから。それに、あのときの距離感が僕にとっては一番楽で、安心できるものだったのだ。




そんな関係性が壊れてしまったのは、僕が初めてオーディションで最終選考まで残ったときのことだ。次の日に備え、台本を何度も読み直していると、彼女から電話があった。


「明日の約束、覚えている?」


もちろん、覚えている。オーディションが終わったら、彼女が一緒に食事をしようと言ってくれていたのだ。


「申し訳ないけれど、一緒に行けない。と言うか……もう、会えない」


どうして、と聞く僕に、彼女は静かに答えた。


「分かるでしょう?」


分からない。何度も言った。

どうして、僕たちが会えなくなるのか、理解できない、と。


「貴方にとって、私はどういう存在なの?」


これが、僕の運命を決定付ける瞬間だったのだろう。きっと、僕は言うべきだった。ずっと前から君が好きだった、と。


それなのに、僕は黙ってしまった。僕は自分たちが抱える多くの問題の、責任を取ることができるのか、と躊躇してしまったのである。


「明日はオーディション、最終選考だったよね。頑張って」


黙っている僕を見かねたのか、彼女は電話を切ってしまった。


次の日、僕はオーディションを投げ出して、街中を走っていた。自分の気持ちを確信したのだ。しかし、電話はつながらず、彼女の家まで走ったが、無駄だった。僕は彼女の家までたどりつことすら、できなかったのだ。


あのとき、彼女は僕の言葉を待っていた。もちろん、僕の勝手な解釈かもしれないし、彼女にはそんは気はまるでなかったかもしれない。


それでも、だからこそなのか、長い年月が経っても、気持ちを伝えなかったことを後悔し続けている。


だけど、今の幸せは誰にも否定されたくない。そう、そのはずだったのに…僕の感情は誰かを傷付けることすら躊躇わないほど、自分勝手なものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ